作曲家/ピアニスト 武藤健城(イーガル)の公演情報などなど日々の白昼夢。


by takekiygalmuto

なかやま幻影サーカス

さて、こんばんわ、イーガルです。

ヒロくんとのユニット、バロン(Le baron)で、先週は、Goodies×Baron feat. キム・テフンさん、
今週は、KIHOOさんとご一緒させていただきました。
みなさん、歌がうまい!楽しくコンサートさせていただきました。
東京から以外にも、北海道から、さらには韓国からも来てくださった皆様、ありがとうございました!
僕たちは次は11月12日にライブします。


僕は来週からはサーカスします。

『なかやま幻影ウェディング』
日時   平成29年9月29日(金)・30日(土) 18:00~20:30
会場  緑新栄会通り(JR・市営地下鉄グリーンライン 中山駅そば)
主催  緑区役所
協力  緑新栄会、横浜市文化観光局、
スマートイルミネーション横浜実行委員会、青木ハウジング株式会社
問合せ 区政推進課 企画調整係
  (TEL : 045-930-2228 FAX : 045-930-2209)
出演 イーガル、みま、森田智博。吉田望
演出 上ノ空はなび

そして、京都でも別バージョンのサーカスを!


ってなことで、今週来週はサーカスをするのです。
ワクワクドキドキ。
しっちゃかめっちゃか、がんばります。

僕はパンクなウサギさんで演奏したり、走り回ったり、奇声をあげたりします。
お時間ありましたら見に来てね!



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# by takekiygalmuto | 2017-09-24 18:33

色弱問題

なんということでしょう、昨日ブログを書いたのに、今日も書くというこの勢い。
今日は告知はしません。なぜなら、昨日したからでございます。

さて、最近僕の中でホットな話題はといえば、色弱です。
僕は色弱なんですね。緑と赤の差が分からない。茶色と赤が分からない。
グレーとピンクが分からない。などなど、色々分からない色があるのですが、
先日、「色のシミュレータ」という色弱の人がどういう風に見えているのかを体感するアプリを入れて、
色んな人に俺はこう見えてるんだよ、と見せたところ、ものすごく驚かれました。
誰がどんな色でものを見ているのかは、正確には分からないけれど、
僕の色弱は、色弱の中でもかなり強い方だということがどうやらわかりました。
僕の見える世界は大体セピア色みたいです。
そういえば、歌舞伎町のネオンとかとっても穏やかな佇まいで落ち着きますし、
色を見てどぎついと思ったことが無いのですが、
客観的に僕の見え方を人に伝えられるのは、ことのほか便利なことだな、とそのアプリを多用しております。

で、ですね、11月上旬公開の『ゴッホ 最後の手紙』という映画の試写に行ってまいりました。
これがもうすごいんです。ゴッホの死をめぐる謎を追う映画なのですが、
まず、ゴッホの絵を元にした構図を多用した実写映画を撮り、それを世界中の画家たちが
1秒12枚、6万枚以上のゴッホタッチの絵にしたアニメーション映画です。
それだけでもものすごい作業だなぁ、と関心するわけですが、内容もとても素晴らしい必見映画になっております。
公開されたら、ぜひ見に行ってみてください。

さて、その試写のあと、知り合いから「疲れなかった?」と聞かれました。
僕は疲れなかったので、よく意味がわからなかったのですが、どうやらゴッホの絵は
色がどぎつくて、それを90分見せられるというのはかなり疲れることのようです。
ここで、僕の見え方をお知らせしたいと思います。

上が普通の見え方。Cと書いてある方ですね。
下が僕の見え方です。Pと書いてある方ですね。

ちなみに僕には上も下も寸分違わず同じように見えます。
c0077204_17463859.jpg
c0077204_17463543.jpg
c0077204_17463228.jpg

皆さんは上と下、違う色で見えるのでしょうか。
僕はさっぱりわからないのですが、こんな感じにとてもゴッホは多少のデフォルメはあるものの、
自然にある色とほとんど変わず、大変穏やかでございます。

こんな見え方で日常を過ごしております。

生まれた時からこうなので特に日常生活で困るようなことはないのですが、
地味に困ることがひとつだけ。
レストラン等でのトイレに人が入っているのかどうか、何か、赤と緑の違いで把握しろ、というあの合図。
あれが全然分かりません。
まぁ、そのくらいなので支障ないのですが、僕が変な色の組み合わせの服を着ていても
それはそういう趣味なのではなく、僕には違う色に見えている可能性を汲み取っていただけたらと思います。


さて、最近、日本SF傑作選1 筒井康隆「マグロマル/トラブル」を読みました。
半分くらいは読んだことのあるものだったのですが、それでも尚余りある筒井康隆の初期短編の羅列。
最後の方は、まだ筒井なの!的な何だか分からない胃もたれ感に襲われながら読み切りました。
やっぱり素敵。ほんの些細なひらめきやアイデアがこんなにも鮮やかに小説になっていくバカバカしさに胸がすっとします。
さて、次は何の本を読もう。
とても忙しいけれど、やはり今日も僕は本を読むのです…。


次回は、僕の家の電気機器革命とタイムパラドクスについて書こうと思います。


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# by takekiygalmuto | 2017-09-12 18:01 | 日記

禅と骨

さてさて、すっかり9月ですね。
もっと早めにブログを更新しようと思っていたにも関わらず、すでに映画か公開になっておりました。

中村高寛監督の新作『禅と骨』
僕は音楽で参加しています。
ポレポレ東中野、キネカ大森、横浜ニューテアトル他にて公開中です。




これがですね、すごくいい映画です。是非とも見てください。
何なんだろう、この人は、というよくわからない圧倒的な存在感と違和感に包まれるようなそんな映画です。
ドキュメンタリーに劇映画、アニメーションがちりばめられております。

今年下半期を席巻するであろう必見の日本映画です。

そして、僕の9月のスケジュールを更新いたしました。

9月29日、30日は横浜市緑区中山駅前でサーカスをやります。
僕は音楽と演奏、そしてウサギさんになりすまして全力疾走いたします。
ぜひぜひ、見に来てください!


今日はね、無駄話を書こうと思っていたけれど、
何だか急用が出来てしまったので、無駄話はまた今度!




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# by takekiygalmuto | 2017-09-11 17:51 | 日記
え、やだ、なんてことでしょう。
一ヶ月近くもブログを更新していなかっただなんて。
夏バテですね、してないけれど。

さてさて。
告知です。


2017年8月20日日曜日

Aug.20,2017
四谷三丁目 綜合藝術茶房喫茶茶会記
『闇夜の音楽綺譚』

19:00開場/19:30開演


3,000円(ドリンク代込み)


※入れ替えなし休憩ありの2ステージ構成です

あやちクローデル / うた
イーガル / ピアノ


です。最近のあやちイーガルはとてもシアトリカルになっておりますので、

どうぞお見逃しなく。


そしてそして、


2017年8月26日(土)

13:00~18:00 東京都立川市 立川駅前 すずらん通り

セクシーDAVINCI、izuma、SPINATION、Syan、サンキュー手塚、ながめくらしつ、アートパフォーマー☆ファイター☆、めりこ、大平洋


こちらは、ながめくらしつで出演します。

何とですね、ながめくらしつ、今までとはとても違う試みをしております。

すごい頭を使う稽古をしております。乞うご期待。



んでもってですね、

9月2日から

『禅と骨』

というドキュメンタリー映画が公開になります。

みなさんおなじみに『ヨコハマメリー』の中村高寛監督の第二作です。

試写を見させて頂きました。本当にえげつなく素晴らしい映画になっております。

僕は音楽で参加しております。


てなことでHP見てみてください。みんな、見に行くととてもすがすがしい気持ちになると思います。



今日は告知が多いですね、だって一ヶ月もブログを書いていなかったから…。さーせん。



さてさて、先日、「アルチンボルド展」に行ってきました。

あれですよ、アルチンボルドは、ハプスブルグ家の御用画家として絵を描いていたわけですが、

人の顔を野菜や花で描いたりしてしまう、全くおかしな人でした。

そんなアルチンボルドの絵が大量に来るだなんて!と思って、いそいそ行ってみたわけですよ。


入り口から、あれまーなんということでしょう。

自分の画像をアルチンボルド風にしてくれる素敵なアトラクションが!


さっそくやってみますよね、エンターテインメントにこぞって乗っていくことが今年の目標です。

やるしかないですよね。


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ふえっふぃー!イーガルさんがアルチンボルド風になったよ!
全然似てないけど。くそっ

でもすごいですね、カメラの前に立って、ちょっとじっとしているとこんなものを作ってくださるなんて、素敵な世の中ですね。

さてさて、さてとさてさて、本編の展示ですが、
アルチンボルドの絵はそんなにありませんでした。
むしろ、全体的な印象としてはハプスブルグ家が所蔵している動植物の資料的な意味合いの強いものが多く、
それは果てしなく興味深いものではあったのですが、アルチンボルドの絵はそんなに多くはありませんでした。
だがしかし、それでもありあまるほどの素晴らしさ。
「大気、火、水、大地」や「春夏秋冬」をテーマとした作品群の恐ろしいアバンギャルドさと
めくるめく美しさ。どこを見ても、素晴らしく精密に描かれた動物や花々。
例えば、動物を寄せ集めて人の顔に見えるようにする、花々だけで人の顔を描くなど、
大変執拗な性格のようで、感銘を受けました。

他の展示品も美しく、楽しくすごしたわけですが、
ふと思ったわけです。

「こんなに大々的にアルチンボルド展をやったりなんかして人が集まるだなんてどういうことだ。」

そんなに知名度あったっけ。
でもまぁ、たくさん人が来ていて素敵だなと思いました。

素敵な気持ちで帰途についたわけですが、ここからがイーガルのカルチャラルスタディーズのスタートです。
わたくしのテーマは、行った美術展を如何に生活に取り込むか、なのです。

今回はアルチンボルド的な野菜盛り付けを刊行いたしました。

c0077204_01160228.jpg
ででん。
こんな感じです。概念はあってる。
よし。



そうだ、何だか最近、僕が知ったことなんですが。

僕は元々色弱で、
赤と緑の差が分からず、青と紫もよく分からず、大体色がわからないのですが、
僕の見え方を再現できる「色弱の人がどのように見えてるか」アプリを
あやちクローデルに見せたところ、あまりの驚愕ぶりに僕も大変驚いたわけですが、
今度そんな画像などをブログに貼ろうかなと思っております。

やだ、次回予告なんてはじめてした。
では。





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# by takekiygalmuto | 2017-08-11 01:43 | 日記

気がつけば下半期に…

なんということでしょう、気がついたら下半期になってました。
こんばんわ、イーガルです。

怒涛のように忙しかった6月までがウソのように暇です。
暇といっても、何もしていないわけではなくて、やっぱり、色々と忙しかったりなんかするわけですが
リハーサルやレコーディング、小学生の授業にお呼ばれしたり、ライブなんかもしてます。
でも、6月までの忙しさに比べたら一段落という感じで、気を緩めていたら、
毎日ボケボケしてしまい、色んなことがボヤっとしてしまうという、夏休み現象に見舞われて、
ヒイヒイしています。これは夏バテなんじゃないか、という気もしないでもなくはないような気もするんですが、
それは全然違いますから。

今月は家にこもってする作業が多くて、ライブが少ないです。

告知できるライブがとりあえず2つ。
明日と明後日ですね。




2017年7月15日(土)『煉獄ディナーショー~ファイナルアタック!』

場所 大塚 All in fun
18:30 open 19:30 start
2500円+ご飲食代
出演:あやちクローデル、蜂鳥スグル、大和田千弘、イーガル



2017年7月16日(日)『ソンユ×バロン チャペルコンサート』

【 時 間 】開場 14:30 / 開演 15:00
【 料 金 】前売 | 当日 5,000円(税込)
※予約完了後銀行振込
※チケット料金一覧 1枚5000円、2枚10000円、3枚15000円、4枚20000円、5枚25000円、6枚30000円

【 会 場 】東京ガーデンパレス ホワイトチャペル
〒113-0034 東京都文京区湯島1-7-5



今日はソンユさんとリハーサルしてきました。
結構な長丁場だったんですが、楽しいリハでした。
先月もリハーサルをさせていただいたんですが、
何ていうか今日はもっとこう距離感がグッと縮まったというか、ソンユさんの歌の呼吸が見えてきて、
手応えのある仕上りになっております。
ぜひぜひ、来てね。

そして、明日は『煉獄ディナーショー』がファイナルです。
足掛け何年…というこのイベントですが、明日で終わりです。
ブッキングをしてくださっていた森さんがお店を移るということで、
ひとまず一区切りになります。
ぜひぜひ、来てね。





さてと、告知も終わりました。
僕は先ほど言いました通り、ちょっとばかり夏休み的な暇さだったのです。
皆様、長いおやすみがあったら何をしてますか?

僕は色々考えたんですね。旅行に行こうとか、温泉に行こうとか、旅行に行こうとか、温泉に行こうとか。
でもね、ダメなのね、こんなに急にはエジプトに行けません。こんなに急にはオーストラリアに行けません。
こんなに急には近場の温泉に行くかなぁ、だなんて考えていたのに、
気がつけばやっぱり家でしなきゃいけない仕事もあったりして、家にいなきゃいけないわけです。
さぁ、この機会に何をしようか、と考えたところ、
漫画を読もう、ということに相成りまして候。
普段、漫画は全然読まなくて、というか読めなくて、本ばかり読んでいるわけです。
なぜかと言えば、
どういうわけか人物の顔が大体みんな同じに見えてしまって、登場人物の誰が誰かわっけわからんのです。
でも色々、昔読んだ漫画のことを思い出して、
ものすごい量の漫画を購入。
読み尽くしておりました。

漫画。
素晴らしい。
好きだった漫画を読み直してみたら、感動したりワクワクしたり、
何だかイタい十代の僕を思い出したりして、ちょっとおセンチに。

先月くらいにTwitterに好きな漫画10作を書いたんですが、
ピピッとコピペしてみます。



BANANA FISH残酷な神が支配するKの葬列鉄コン筋クリート伝染るんですBLAME!行け!!南国アイスホッケー部フラワーオブライフ鋼の錬金術師最終兵器彼女



我ながら、ほんとに漫画全然読んでないんだな、というくらいすんなり10作浮かびました。
迷ったのは、漫☆画太郎先生の珍遊記とか、あとは忍たま乱太郎とか、風のシルフィードくらいでした。

そんな中、『最終兵器彼女』を改めて読み直したら、
本当にちゃんと純愛で、ちゃんとエロくて、ちゃんとセカイ系で、ちゃんと終わっていて、
何だかもう感動いたしました。
『Kの葬列』は楠本まきさんの絵の美しさが遺憾なく発揮された見ているだけで溶けそうな漫画。
読むというよりも見ていたい、素敵な作品です。
『鋼の錬金術師』も久々に読んだら、ラストへ向かってたくさんの人たちがひとつの場所へ集まっていく感じ、
なんてかっこいいんだろう、とやっぱり感動しました。
『BANANA FISH』『残酷な神が支配する』『鉄コン筋クリート』『伝染るんです』は読みすぎているので
今回は読まず、
『BLAME!』は何と絶版なんですね、こないだ映画が公開されたのに!
早く再販してください!お願いします。あのとき全部売ってしまった僕、お前は20年後にこんなに後悔しておるぞ!アマゾンですげー高いんだぞ、と言ってあげたいです。
『行け!!南国アイスホッケー部』は、ほんとにくだらないエロギャグ漫画で、どこをどうしたってダメな漫画なんですが、何かふと思い出したりすることがよくあって、買ってしまいましたが、あまりのくだらなさに、1週間1冊までしか読まないことにしました。23巻もあるけど。

んでもって、
よしながふみさんの『フラワー・オブ・ライフ』を久々に読んだら、
これがもう、ものすごい傑作で、昔読んだときには全然読めていなかったんだ、と思いました。
高校生たちの青春群像なんですが、何も起きないといえば何も起きないし、
何かが進んだわけでも後退したわけでもなく、だから結局、表面的にはドラマティックな出来事はほとんど起きていないのに
絶対に物語が前に進んでいく。そして、終わった時に、何か人生の美しさを知るような気がします。
「ある時期」に「ある状況」下にある当事者には、その「ある時期」や「ある状況」の価値は見えない、というテーゼなのではないかと思います。
何てぼんやりした言い方なんだ。
この漫画の場合
「青春」という時期にいて
「青春を謳歌している」という状況
は後からしか分かり得ない、ということで、
もしかしたら今現在の僕やあなたも未来のどこかからしか見えない「ある時期」にいるのかもしれなくて、
それは例えば「時代を作った」時代で、50年後から見た時に「新しい芸術作品が次々と生み出された」状況下なのかもしれない、と思うわけです。
逆にとても楽しく過ごしているつもりでも今現在の僕は「とてもつらい時期」にいるのかもしれないけれど、
それは「ある時期」に「ある状況」下にある当事者には判断能力がないのでちょっと後から振り返らないと見えないのだと考えております。

というわけで、すごいことをしてるんだぞ、ってなことを考えながら音楽をやっていても多分、
本質的には自分のやっていることがすごいかすごくないかの判断さえ今現在では不可能なのではないでしょうか。
なので、今はとりあえず、やりたいことをやっていれば、そしてそれに価値があるのならば、そのうち何か意味付けされるんだろーよ、とかぼんやり前に進んでおります。

そんなことを思った「フラワー・オブ・ライフ」。
もう一回読もうかな、すんばらし過ぎた。
でも今日は、おなじよしながふみさんの「西洋骨董洋菓子店」を再読しました。
傷とか痛みを知った人たちが一度それを乗り越えて、
もう一度向かい合って、さらに踏ん張る、みたいな漫画で、大人です。
今はもう少しちょっとだけヒリヒリするような傷つけあうような漫画を読みたい気分です。



では、明日と明後日、ライブでお待ちしております!
来てね!



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# by takekiygalmuto | 2017-07-14 21:09 | 日記

次に読む本を選ぶ時

こんにちは、イーガルです。
もうなんだか忙しすぎて、出演情報等も更新全然していないのですが

次のライブは

2017年6月30日(金)
闇夜の音楽綺譚
19:00 開場 19:30 開演
四谷三丁目 総合藝術喫茶茶会記
3000円
あやちクローデル×イーガル

ワンマンです。
あやちのHPに30日(土)とありますが、金曜日の間違いです。
曜日を間違いがちな我らですが頑張ります。



さて、こんなにニッチなブログにも関わらず、読者の方がいるようで
何やら質問を受けたりします。びっくりしました。ごめんなさい。

どうやって読む本を決めてるんですか。

と聞かれました。

はて。どうやって決めているのでしょう。

以前にも書いたような書かなかったような曖昧な記憶しかないのですが
僕は小学校一年生から六年生まで年間100冊読むという学校の方針をめでたく守ってしまった結果、
現在に至るまで年間100冊以下の読書量になったことがないのです。
つまり、まぁ3000冊以上のデータベースがあるわけです。
何となく読みたい本の雰囲気があるとすれば、
ある程度大きい分母を持ったデータベースの中から情報をひっぱり出してくるのが
早いのではないかと思うわけです。

僕の頭の中のデータベースを書いてみたいと思います。

まずは、ジャンル分け。

概ね、自分の興味のある分野は分かっているので、まず
フィクション、ノンフィクションに分けます。
そして、
日本、ヨーロッパ、アメリカ、アジアに分けます。

ここで8通りの結果になりましたね。世界中の本のうち自分が読みたいものは1/8になったわけです。
さらに

フィクションは

純文学
大衆文学
SF
ミステリ
ヌーヴォーロマン
幻想文学

くらいに大雑把に分けています。もうこのへんは趣味の世界ですね。

ノンフィクションは

紀行文
日記
哲学
思想
評論
伝記
学術書
歴史
社会学
建築

とかに分けています。もうこのへんは趣味の世界ですね。

さらに、

ひとつひとつのジャンルの中から更に細分化されたジャンルに分けていきます。

手っ取り早くいけば、
まず、何かSF読みたいな、と思ったら、どこの国がいいかな、と考えます。
ある程度の数を読んでいくと、国や年代によって傾向が分かってきたりします。

アメリカの硬派なSF読みたいな、と考えたら

フィクション→アメリカ→SFまで来ております。
SFのジャンルを考えると
スペースオペラ
タイムトラベル
サイバーパンク
デストピア
社会派
未知との遭遇
火星もの
ニューウェーブ
戦争もの
歴史改変
異世界
などなど、枚挙に暇がないわけですが、
どうも、硬派なSFならニューウェーブかなぁ、とか当たりをつけて、それならハーラン・エリスンあたりが…
おぉ、何か文庫本新刊が出てる!これだ!

とかって言う風に本を選んでおります。

哲学なんかは簡単ですね。
その人の哲学が気になれば、その源流に何があるのか、そしてその人の影響を受けた人は誰なのか、
さらにその人を批判しているのは誰なのか、
それさえ分かれば何とかなります。

あとは、何となく、
文庫本に関して言えば、出版社別に色があるというか、もちろん、同じ作家が色々な出版社から出しているわけですが、
何となくですよ、何となく色分けがあるとは思ってます。

岩波文庫は冒険の少ない安定の古典中心
新潮文庫は冒険の少ない安定の近現代中心
河出文庫はちょっとニッチな小説が多く
講談社文庫はエンタメでミステリが多く
ハヤカワはSFの充実が素晴らしい
中公文庫はハズレが少なく
チャレンジングな気持ちで新書にレッツゴー。

とか何とか、これは個人の意見ですが、僕はこういう感じで、何となくこんな風なものが読みたい、と思ったときは、
自分の中のデータベースと、出版社別の傾向を考えながら当たりをつけてたりします。

さて、これはもう、本を読まなければいけない、という強迫観念の中で本を選ぶときのことでございまして、
普段でしたら、本を読んでいるとその中に別の本との類似性や関連性、影響を受けたものが透けてみえてくるものです。
これも頭のデータベースの量に依存するのかもしれませんが、
そうではなくても簡単に次の本を選び取ることはできると思います。

例えば、今読んでいる本が面白ければ、その作家の違う本を読むだとか、本の内容と扱っているジャンルが近いものを選ぶだとか、
無数に次の本へと進む手段はあるわけです。
要は、考えろ。と。
一体、自分はこの本の何がどのようにどうして好きだと思えたのか。それがわかれば、
次へ進む道は開けているのではないでしょうか。

何だか偉そうだな、僕。すいません。


例えば今月の読書、どんな道筋だったか記憶にある限り書いてみますと

SFを読んでいて、ちょっと息抜きに見た魔法少女まどか☆マギカから、あれー、そういえば
宇野常寛の「ゼロ年代の想像力」の補足に出てたっけな、とか思いながら再読。
あまりの東浩紀批判に何だかよくわからなくなって
東浩紀の「動物化するポストモダン」と「ゲーム的リアリズムの誕生」を読んで、
社会のデータベース化、小さな物語のことなどを考えたりしているうちに、
宇野さん、東さんが引用している小説を幾つか読んで、面白かったり面白くなかったりしながら、
最終的に友達から借りパク気味に放置されていた東浩紀の「セカイからもっと近くに」を読みました。
これは、セカイ系と呼ばれる小説からの脱却の方法を色々な作家やアニメーター、漫画家の作品に照らし合わせて
提示するというやつでした。
何だか、人が人のことを話してるのって面白いな、と思って、久しぶりに何か対談を読もうと
西尾維新が様々な人と対談した「本題」を読みました。一人の人以外の対談は大変面白かったです。
苦手だった一人の人は、やっぱり苦手でした。

んで、「セカイからもっと近くに」と西尾維新を代表とするようなラノベの両方の脳みそになった僕は、
折衷案的な森博嗣の「スカイ・クロラ」シリーズ5冊を読み始めたわけです。
でも、5冊一気に読むのも何だかなぁ、と1冊終わる毎に一応物語は簡潔しているので他の小説を読んでみました。
間に挟んだのは、田中哲弥の「大久保町は燃えているか」。
これはバカSFというか単なるコメディーというか…ストイックなスカイ・クロラシリーズと対極のものを、と思いまして
読みました。
それから、舞城王太郎をちょっと挟んで、スカイ・クロラ三冊目を読了。
ここでストイック過ぎるスカイ・クロラとは違う飛行機ものを読もうと、ラノベの王道
犬村小六の「とある飛行士への追憶」を読んでセンチメンタル全開になった勢いでスカイ・クロラ4,5冊めを読了。
いまここ。

さて、次に何を読もうか、と僕はまた頭の中のデータベースと交信をし始めるのでした…。


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# by takekiygalmuto | 2017-06-29 15:41 | 日記
こんばんわ、イーガルです。
深夜ですね、そうですね。
なんでこんな時間になったのかと言えば、
今日はマカロニと世界の稽古後に、みんなで肉を食べていたからです。
おいしかったです。
ありがとうございました。
そんな稽古の様子はマカロニと世界のTwitterを御覧ください。

んで!
稽古をしたということは!
マカロニと世界が何かやるわけです。
明日18日㈰ 池袋 芸劇前で15:00すぎから17:00まで
マカロニと世界、ヘブン活動いたします。
河童と遊ぶやつです。
いいですね、見たいですね。

告知は色々あるのですが
来週火曜日、水曜日は原宿のラドンナにて「Music Cocktail Culb vol.4」に出演します。
こちら、お陰様で前売り完売しております。

そして、6月30日㈮はあやちイーガル、茶会記でございます。



さて、ですね、前回ブログで洗濯における認識論を鮮やかにあぶり出したわけですが、
別に洗濯が嫌いだから誰かに洗濯して欲しいわけではなくて、
洗濯をする、という行為から認識論の話をしたかっただけでして、事実がどうということではないのです。
人生は洗濯の連続、と樹木希林もCMで言っております。選択、ですけれど。


さて。
今日はですね、名探偵のジレンマについて書こうと思っております。
小説や映画やドラマに名探偵って出てくるじゃないですか。
彼らは天才と呼ばれ、些細な物事から真実を導き出す、という神業を成し遂げるわけです。
だがしかし、困ったことに
名探偵は、事件が起きてからでなければ事件を解決できない、というジレンマがあるわけです。
そりゃあ、フィクションだからそうだよね、と言えばそれまでなのですが、
そんな些細なことから大事件を解決できるのならば、事件を未然に防げるのではないか、という
とても真っ当な批判がつきまとうわけです。
何というか、連続殺人事件何かを捜査していて、あと2人くらい殺される前に止められたんじゃね?
みたいなツッコミはやっぱりあるわけで、
どんどん人が死んでいくのに解決できていないのに果たしてそれは名探偵なのか、というそもそも論もあるわけです。
ミステリである以上、事件が起きていなければいけないわけですが、
色々な作家が色々な手段を使ってその「名探偵」の
メタ的な立ち位置を整えようと試みていますが、
やはり名探偵が登場すると事件が起きるので、
名探偵がいなければ事件が起きなかったのではないか、という元も子もない何かになってしまうことを止められない、
大変根の深いジレンマなわけです。
例えばですよ、殺人事件を未然に防いでいたら、防いだことによって訪れない殺人事件は決して訪れないので、
本当に防いだかどうかは何ともいい難い。ただ、物的に準備をしていることを察して防いだとすれば、
それはきっと防いだのでしょうが、未遂なわけです。そこに小説としての面白さを兼ね備えるというのは、
大変ハードルが高いように思います。
僕が読んでないだけで、そのような小説があるのかもしれませんが、まだ読んだことが無いか、忘れてしまいました。
井上真偽さんが「探偵は早すぎる」という事件を未然に防ぐ小説を最近出版されたので、
読んでみようかと思います。



ええ、本日も前置きが長くなりましたが
名探偵イーガルは昨日ですね、深煎りの珈琲豆を400グラムほど買いまして、密封して頂いたんですね。
それでも溢れるような珈琲のアロマ。さすが深煎りです。
そんな珈琲豆を入れたカバンが、何だか遅延して激混みの電車の中で潰されそうになるという大変な事態に遭遇いたしました。
僕は思ったね。
「やばい。このまま珈琲袋が破裂したら、大きな音と共に珈琲のアロマが電車中に流れだして、
人々が癒やされてしまう!」
と。

そんな惨事は絶対に防がなければならない。
その一心で、カバンと人の間に出来る限りのスペースを作り、
さらにカバンの中の硬いものである程度の幅を確保、その上に張り裂けんばかりに膨らんだ珈琲袋をふたつ載せ、
見事帰宅に成功しました。
名探偵イーガルは未然に事件を防ぎ、そして、週末の殺伐とした車内はアロマで癒されることもなく、
平坦な日常が続いたわけです。

こう書くと、何だ、そんなことか、とお思いのあなた、
想像して御覧なさい。
混み合った、そして大体酒の入った人たちの満員電車の中で大きな破裂音がしたら、
それはもう、大混乱のうちにヤフーニュースですよ。
名探偵イーガルはそんな近未来を予知して、未然に事件を防いだわけです。

そして気づいてしまったんですね。
現実世界でも、未然に事件を防ぐと、何も起こらなかったことと同義になってしまう、ということに。
しかし、何も起こらないように見えるけれど決して同じ出来事の連続ではない日常を描くことは
小説や映画にしかできないことなのだとも思いました。
そこにフィクションの価値があるのだと思いました。
そして、その対極にあるものとしてギミックに溢れたフィクションがあるのだと思いました。
何だか、僕はアロマテロ未遂事件を契機に、そのようなよくわからない合点がいってしまいまして、
探偵のジレンマは、ジレンマのままほおっておこう、それはフィクションが解決すべき問題ではない、
ということに相成りまして候。


今日こそ本当に無駄すぎるブログですね。
何でこんなに無駄にあふれているのでしょうか。


次回は頑張ります。

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# by takekiygalmuto | 2017-06-18 01:37 | 日記

洗濯問題。

こんばんは、イーガルです。
やはりミュシャ展に行く前でブログは止まっておりました。
ミュシャ展どうだったかって? それはもう、大きかったです。
ミュシャの絵に出て来る人のコスプレをしたりして楽しんできました。
これはもはや美術展ではなく体感型アトラクション。

まぁ、結果は
こちら。イーガルのインスタグラムに何個か載ってます。

さて、告知!

今週末はまたしても素敵イベントが!


ってなことで、ヒロくんと僕のユニット、バロン(Le Baron)が定期的にライブをすることになりまして、
最初のゲストは、フードスタイリストのマロンちゃん!
一昨年ごろから仲良くさせて頂いてるんですが、僕らが一緒にライブをするなら誰がいいかなー、というときに
真っ先に浮かんだのがマロンちゃんでした。
料理を作る人に歌ってもらう、って素敵じゃないですか。
そしてね、マロンちゃん、かなり歌が素敵なんですよ。
必見だね、もうこれは必見ですから、お時間有る方は是非いらしてください。



さて、今週の告知は終了いたしました。


最近ですね、思うことがあるんですよ。
洗濯機まわりのことなんですけども、
何だか洗濯機がさ、洗濯物を入れると、洗剤の量を自動的に教えてくれたりするでしょう。
こんくらいだよ? みたいな。
あの量が全然正確にわからなくて、
このくらい、かな…、あ、もちょっと、かな…、ん、多いの、かな…
みたいな、確信の無い状態で恐る恐る入れる洗剤。
そして、洗剤を多く入れすぎると洗浄力は落ちていくという罠との戦い。
少なければ洗浄力が足りず、多ければ洗浄力が落ちる中、
ものすごいあやふやな指示のもと洗剤を入れる人間の気持ちを察してください。
あの状況の元、正解を出せる気がしません。

そして、洗濯と言えば、どうしても無くなる靴下の片方。
これがまた、ある日突然、どこからともなく返ってきたりするわけですよね。
何ていうんだろう、
本当に靴下は揃いで存在したのであろうか。
我々の認識はどれほど確かなものなのであろうか。
洗濯はもはや認識論でしかないのではないだろうか。

ボルヘスの何かの短編に、道で落とした小銭を探しても探しても見つからなくて、
何かの拍子に(次の日だったかなんかそんな)見たら、そこに落とした小銭があった、という
話がありまして、
ボルヘス曰く、そこにずっと在ったわけではなく、一度異次元へすっ飛ばされて、
そこへ帰ってきた、というのが筋が通っているんではないか、というわけです。

ほら、探し物とかもさ、一度探したところ、何度も探したところ、そんなところから
探しているものが見つからなくて、一回諦めて時間をおいてみたら、
やっぱり一度探したところから出てくることとかありますでしょう。

これはどういうことなのだろうか。

一度「無い」と思ってしまった人間にはそれそのものの存在を認識する力が低下してしまうのか、
はたまたボルヘス曰く、異次元へすっ飛ばされて帰ってきているのか…

どっちが正解でも(あるいはどちらが不正解でも)いいのです。
結果として、探し物が見つからない→諦める→再度探す→見つかる
というプロセスは変わらないわけですね。
これをどう認識すればいいのか。それは人それぞれでしょうが、
それにしても見つからない靴下の片方。
あなたはどこへ行ってしまったのでしょう。
もしかして、そもそも

靴下はどこから来たのか 靴下は何物か 靴下は何処へ行くのか

ということなのではないだろうか、と思いをはせております。靴下とは哲学なのではないか、と。
ゴーギャンのあの絵、「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々は何処へ行くのか」
は素足です。
靴下がどこかへ行ってしまったのではないでしょうか。

ここでひとつ好例を出そうと思います。(現代思想、カルチャー論の人がよく使うでしょ、好例とか自分で言っちゃってさ)

女子のヘアピン問題。

さあ、女子の皆さん、経験おありでしょうか。
学生時代、あんなにも頭にさしていたヘアピンがいつの間にか消えている。
そしてある日突然どこからともなく出て来る。
さらには、消えたヘアピンが、「あたしあるよー」とか言って、隣の女の子の頭から出てくる。

男子にはさっぱり分からないこの超常現象。
やはりヘアピンも一回異次元にふっ飛ばされて、帰ってきたけどちょっと場所間違えた、てへ。
みたいなことなんじゃないかと思います。

そして、さらにここで、見つかったあとにも問題は残るわけです。

見つかった靴下orヘアピンは、失くなる前のものと同一であるのかどうか、という問題です。
もうこれは、バートランド・ラッセル先生を前にしても大変むつかしい問題だ。

全く話が見えませんね。


つまりですね、洗濯をすると、
洗剤の量の最適値問題と、靴下消失イリュージョン問題の2つが同時に押し寄せてきて、
出来事が認識論の世界に移っていってしまう、ということなのです。
こんな葛藤をもったまま、洗濯をするだなんて大変!
なので、洗濯が好きではありません。
だけど、洗濯機に洋服を入れて何かすると綺麗になって出て来る。
その現象だけを表層としてとらえられればこんな迷いは無いのだろう、と
信じつつ、頑張ります洗濯。なせばなる。

ちなみに僕はほとんど洗濯を自分でしたことがなくて、
これはつまりアメリカに住んでたりなんかするとアパートに洗濯機を置いちゃいけなくて、
コインランドリーに行かなきゃいけなかったりするんです。
騒音問題とか、雇用問題とか関係しているらしいのですが。
でね、コインランドリーに行くとおばちゃんがいて、その人にお金払うと
洗濯機と乾燥機やっておいてくれるんですよ。
自分でやりゃいいんだけど、そんなの面倒くさいからちょっと割高だけど頼んじゃうのね。

そーするとね、ここでも見事に靴下が無くなってたりするわけですよ。
ある日、おばちゃんが履いてる靴下を見て
「あれー、なんか見たことあるぞぉ」
とか思っても、果たしてその気持ちは本当か。
俺の靴下とあの靴下は同一なのか。
いや、そんなことは分からない。
真相は藪の中。


本日は認識論に迫る鋭い切り口のブログでしたね。
ソラマチ大道芸ご来場ありがとうございました。
もう僕の3ボールカスケードでは驚いてもらえないことが今回の収穫です。
もっと頑張ります。

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# by takekiygalmuto | 2017-06-07 19:52
日比谷カタンさんと蜂鳥スグル×イーガルでおおくりした東海ツアー、
何とも楽しかったです。東京でやればいいのに、なんて言われても
あるんですよ、あのツアー独特の一体感と一回きりの開き直り感。
でもね、大丈夫、安心して。
次のライブは東京です。

5月27日土曜日
『飛び道具最前線~梅雨前線を防衛せよ』
東中野ALT_SPEAKER19:00開場 19:30 開演唄:あやちクローデル、蜂鳥スグル
ピアノ:イーガル、大和田千弘3000円+ドリンク代

なんですよ。ほらほら、みんないらしてください。待ってます。
待っても来ないのがゴドー、待てば来るのがお客さま!今思いついた名言です。

さてこの一週間何してたんだろう、と考えると、まずはやはり東海ツアーですよね、そして他にも
リハーサルや何やら、毎日違うスケジュールで動くことが通常、という状態は相変わらず、
そんなこんなで、ミュシャ展に行けないまま、展覧会が終焉に向かいつつあることに一抹の不安を感じております。


拝啓ムハさま

ミュシャ、チェコ語ではムハ。
そんなあなたのことを知ったのはバブルの匂いが残る90年代初頭でしたね。
あの新宿の路上、コンサバ女が手渡してくるチラシと
「ミュシャ売ってまーす、無料ですのでご覧になるだけでも結構でーす」
という心の底からどうでも良いと思っているような声。
ラッセンの絵と同じくらい頻繁に見かけました。
そんな画家なんだ、とまだ10代の僕は決め込んで
あなたのことを頭の片隅にも止めることさえありませんでした。
ねえ、ムハ
いつの間にあんなにでかい絵を描いたの
ねえ、ムハ
810×610って号数、ちょっと大きすぎるんじゃない
ねえ、ムハ
あなたにいつ会えるの
ねえ、ムハ、ムハ、ムハ…

敬具

イーガル



ということで、ミュシャのことなんて全然考えてこなかった人生ですが
今回の展覧会は本当にすごい、と様々なところから情報だけが入ってきます。
情報だけ、かと思いきや、図録まで頂いてしまいました。
でも図録を見ていても全く分からないサイズ感。
どういう状況になるんだろう、と想像しているうちに
どうやら一部屋だけ撮影OKな部屋があることを知りました。
それならば、ミュシャの絵に出て来る人のコスプレをしようと
試行錯誤の毎日です。

c0077204_20373232.jpg

この絵は「イヴァンチツェの兄弟団学校」のごく一部なんですが、
真中から少し左よりの人、この人にならなれるんじゃないか、と。

c0077204_20374086.jpg


現状こんな感じです。
まだまだブラッシュアップが必要ですね。

はやく行きたいです、ミュシャ展。
巨大な絵は、もはや建造物。
構図がどうとか、そういうことではなくて、
体感型アトラクションとして、積極的に乗っかっていこうと思います。
日々精進。いい言葉です。
ザルを持って入場可能かどうか、一抹の不安はあるのですが、
一応準備だけはしていきたいな、と考えております。

みなさん、お気づきでしょうか、僕がブログに写真をアップできるようになったことに。
ここに至るまで約半年、試行錯誤の上、写真までアップできるようになりました。
ありがとうございます。

今日は大変実のあるブログでしたね。
みなさん覚えてください。
美術や音楽などやや難解と思われる芸術に対して
受動的ではいけません、能動的に日常生活に取り入れていきましょう。
結果、どじょうすくいになったとしても…



さあさあ、土曜日のライブお待ちしております。
6月はまた6月でバンバン素敵なものが続くんですが、
それはまたミュシャ展に行ったあとに書きます。





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# by takekiygalmuto | 2017-05-25 21:00 | 日記

われに5月を

こんにちは、僕です。
もう五月も半ばになりましたが、僕には存在しなかったGWという何だか盛大な休みが世間にはあったようだ、と
薄々は気づいております。
前にも書いたとおり、結構山にいました。サーカスやってましたので山にいました。
「森のサーカス」無事に終了いたしました。ご来場ありがとうございました。
何だか、神奈川新聞に載っていた森のサーカスの告知記事の写真の愛実ちゃんが
赤いティシュー(布)でエアリアルをしている写真なのですが、エアリアルを見たことがない人には、
これはもう金田一シリーズの「悪魔の手毬唄」の殺害現場のような不条理な死体に見えたのではないかと思いますが、
とても美しい作品が出来たと思います。
何だか、最近、よい作品に関わる機会が多いように思えて、嬉しい限りです。

さて告知告知!

明日とあさっては、名古屋と浜松にいます。

「ルーさん、タンさん、ガルさんの煮るバナナ・カート・コバーンワ」
2017年5月19日(金)
19:00開場 20:00開演
出演:蜂鳥スグル、日比谷カタン、イーガル
名古屋 今池 つるのり(今池駅下車すぐ)
2500円+ご飲食代

2017年5月20日(土)
18:00開場 19:00開演
出演:蜂鳥スグル、日比谷カタン、イーガル
2500円+ご飲食代
浜松 エスケリータ68

といった具合で、蜂鳥スグルと日比谷カタンさんとツアーです。
なにこれ、絶対面白いし。
東京からでも見に行って損はないと思いますはい。


ってなことで、告知は終わりました。
どうでしょう、5月は。
一体5月とは何なのでしょう。

僕らにとっては、というか人前に立つ仕事というものは、
一般的な休日が稼働日になることが多いわけです。
例えば土日。例えば夏休みに年末年始。
そしてGWですよ。
ってなわけで、はぁぁ、と一息つけるのはGW後。が、しかし今年はその次の週にサーカスに出ていたのでおやすみもなく、
今週末は名古屋圏にいたりするわけです。

子供の頃に憧れた瑞々しい5月はどこに行ったのでしょう。

5月といえば、皆さんやっぱり寺山修司の「われに五月を」を思い出すよね。(嘘つけ

冒頭はこんな風に始まります


きらめく季節に
だれがあの帆を歌ったのか
つかのまの僕に
過ぎてゆく時よ

夏休みよ さようなら
僕の少年よ さようなら
ひとりの空ではひとつの季節だけが必要だったのだ 
重たい本 すこし
雲雀の血のにじんだそれらの歳月たち


-寺山修司「われに五月を」序詞より冒頭


ってなわけで、5月は、木々も青々と、気温も生ぬるく、段々と夏という開放的な季節へ向かう不確かな希望に満ちあふれていて、
これはもうきらめく季節なわけですよ。
若い頃はずっと5月に佇んでいればいいわけで、つまりそれは何か足場の不確かな、根拠のない明るい未来を夢見ながら生きていられるわけですから、例えそれが絶望的な未来像であろうともその人にとって未来が描けるうちは5月に佇めるのではないかと思います。

それがどーよ、年月を重ねていくと、いつの間にか5月は終わっていて、一体今僕はどの季節に佇んでいるのだろう、と
さっぱり分からなくなるのですが、
ジメジメした梅雨はとっくに過ぎ去っているような気持ちもするのですが、明るい日差しに彩られた8月にはまだ到達していないような、きっと僕は今7月あたりに佇んでいるのではないか、と感じているわけです。

だがしかししかししかし、
本当はずっと5月に佇んでいたいのです。
何かぼんやりとした夢のある未来に向かって、何の根拠も無い自信だけを連れて5月を歩きたいわけです。
あらやだ、ピーターパンシンドローム。
何だかちょっと違うような気がするけど、まぁいいや。大人になりたくないわけじゃないんだけど、
少年時代に感じた絶望と希望が等価だったあの気持ち、あれはどこに行ってしまったのだろうと時々思ったりするわけです。

何だこのセンチメンタル全開な展開は。
キモい、俺。


あのね、今現在、僕は、僕的第三次魔法少女まどか☆マギカブームで、しょっちゅう観てるんですけど、
やっぱりすごいよね、あのポップな戦闘シーン。
これはなんだろう、セカイ系と呼ばれるアレなのでしょうか。

知ってますか、セカイ系。
何だか主人公と主人公と恋愛(的な)関係になる二人の危機が中間に社会を仲介させずに世界の危機に直結する、
そんなよーな物語の蔑称として生まれた言葉です。大体、ヒロインの女の子が世界やら宇宙やらを救うために
遮二無二戦って、主役の男の子は結構ワタワタしてるけどあんまり世界を救ってません。
だけど、蔑称はいつしかそういった物語の総称として使われるようになって云々。
代表的な作品は、秋山瑞人の「イリヤの空、UFOの夏」でしょうか。
とても大好きな小説です。
あれじゃない、「最終兵器彼女」とかもそうなんじゃないかな。
西尾維新の「戯言シリーズ」とかもセカイ系なんでしょうか。何か違うような気がする。
よくわからないよ、セカイ系。
でもまぁ、まどマギはそんなこんなで発展系セカイ系アニメなんじゃないかとはうっすら思っているわけです。
僕は好きなんですね、このセカイ系っていうものが。
主人公がアワアワしてて、周りが必死に戦っていて、戦わないと世界が滅ぶだなんて、どんな状況だよ、おい。
素敵です。
超個人的な危機=世界の危機、だなんて、物語としてしか成立しないじゃないですか。
政治とか社会の介入無くして、パーソナルな自分という存在が世界の存在に直結しているだなんて、
実世界ではなかなかありえないことだから、物語というものが100%物語として現実にコミットしない完全な閉じられた物語として存在しているように思えて、それがとても心地いいのです。

さて、今回も何も実になることのないブログですね。
現在僕は90年代後半から2010年頃までの文化批評を読んだりしてます。
東浩紀さんとか。
思うんですよ、そろそろね、2017年でしょ、2010年代とは何かという方向性を示す提案を誰かしたらいいと思うんです。
僕は全然そういうの出来ないから、誰か。
シン・ゴジラとか君の名は。とか社会現象レベルで何かが動いた去年は未来の僕らにとっては何か転換期だったのではないか、と思うんです。
何がどう転換期だったのかさっぱり僕には分からないし実感もないけれど、
誰か何かちゃんとry


もうほんと、もう少し役に立つことを書きたいです。
余りがちな、お土産でもらったまま永遠に使いどころの見当たらないトリュフ塩の使いみちとか。

では、ちょっと名古屋行ってくる。


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# by takekiygalmuto | 2017-05-18 21:19 | 日記