作曲家/ピアニスト 武藤健城(イーガル)の公演情報などなど日々の白昼夢。


by takekiygalmuto

文庫本の大きさについて。

先週末の浜松、名古屋でのライブ、ご来場ありがとうございました。
大変楽しくやれました。

だがな、君たち、今週末も名古屋に僕は行くのだぞ!

2017年2月3日(金)
『セクシー大サーカスin名古屋』
19:00 オープン 19:45 スタート
今池 つるのり
1500円+飲食代
出演:セクシーDAVINCI、イーガル


なんてこと!大サーカスとか言ってるわりに、二人きりよ!
頑張るしか無いね!来てね!



ということで今週も無事に告知終了。




皆さん、気づいておられるでしょうか。
ハヤカワ文庫が新刊を出す度に、最近、トールサイズという文庫本よりも
少し縦長なサイズになっていることに。
トールサイズだなんて、もうそのネーミングセンスがどうよ。
気づいてますか、あななたち(ハヤカワの人たち)
去年だったかのハヤカワ・SFコンテストの選評の中で、
登場する物のネーミングについてある作品にものすごく文句をつけておりました。
安直なネーミングで本当に良いのか、と。
えぇ、そんなコンテストを開催しているハヤカワ書房がトールサイズです。安直。
スタバかよ。

散々言っておりますように、僕はSF好きですよね、そうですね、
ハヤカワSF文庫たくさん買うわけですよ。(ハヤカワ文庫トールサイズの文句を言ってすみません。ちゃんと買ってます。)
でね、ブックカバーを使ってるんですが、ハヤカワトールサイズはブックカバーに入らないわけです。
困るよね。何あのサイズ。
文句は色々あるのですが、それよりもハマっていることがあります。

レジに本を持って行った時に
「カバーはかけますか?」
と聞かれたときに、
「ハヤカワだけカバーかけてください」
と、言うのです。

さあここで問われるのが書店員の資質。
「あぁ、なるほどね、この人本をたくさん読んでるんだわ、普段はブックカバーを使ってるけど、
ハヤカワトールサイズは入らないものねー、納得納得。」
と瞬時に察知して「私ちゃんと分かってますよ」雰囲気で対応してくれる書店員とのシンパスィー。
このノンバーバルコミュニケーション。
だがしかし、大抵の書店員は一瞬、「え?」という動作の停止、からのどれがハヤカワかな、という
おぼつかない手つき。
大体、2割くらいの書店員が本を読んでる人っぽい対応をしてくれます。残り8割がおぼつかない。

そこでですね、本屋大賞ですよ。
全国の書店員が選んだベスト本だと!? 読んでないだろ、書店員。
私は信用していません、本屋大賞。


そうです、先週僕の好きなSFのことを書こうかな、と言っておりました僕ですが、
一体どんな経緯でSFを読み始めたのか気になって気になって、昨今とみに考えていたのですが、
やっと昨日、西新宿の高層ビル街の木枯らしに吹かれて歩いているときに
雷鳴のように蘇ってきたのです、あのときのことが!

そうそれは中学生の時でした。
小学生の頃からカフカだとか安部公房だとか幻想文学というかシュールレアリスムというか
何だかそういうグロテスクで不条理に満ち溢れた小説を主に読んでおりました。
もちろん、教科書的な優良図書も漱石だとか太宰だとか芥川だとか読んではいたんですが、
(どうなの、太宰ってさ、何で学生の推薦図書に入ってるの!?あと、ヘッセの「車輪の下」も学校的にどうなの、と思うんだけど)好きなのは澁澤龍彦や生田耕作の翻訳したものでした。
中でもフランスのアンドレ・ピエール・ド・マンディアルグは一番のお気に入りで何度も何度も今でも読み返しております。



中学生の僕は、今日も学校帰りに本屋に寄っておりました。何かいい本無いかな、ドストエフスキーの別のやつ別のやつ…、とウロウロしていたのですが何とドストエフスキーの「白痴」の上巻だけが品切れだと。
困った僕は純文学もシュルレアリスムもちょっと置いといて何か別のものを読んでみよう、と思ったわけです。
但し、僕の好みは「小説内世界が小説内で完結している」ものだとはっきり分かっていたので、読後の余韻やら、現実世界へのコミットメントなどちっとも興味が無かったのです。
「こういうこと現実にもあるよねー」とかいう読者の共感は僕の求めるところではなかったわけです。
そうなると、小説内世界の根底を勝手に定義してその前提の上に物語を書くジャンル、そう、それこそがSF。
サイエンスフィクション!全く嘘八百を並べ立てて、さもそんな世界や理論があるかのごとく世界を創造するサイエンスフィクション!
僕は思ったね、これだ、と。

だけど、困った。まだ、この頃にはインターネットもそんなに普及していないし、スマホなんかも持って無い。
CDだってジャケ買いと店員のオススメポップを頼りにアタリとハズレの繰り返し。そんな時代ですもの。
本屋さんで突然SFを読もうと思っても予備知識の無い中学生の僕は何を選べばいいのか、さっぱり分からない。
そこで見つけたんだね、平積みになっているSFを。
クリストファー・プリーストの「逆転世界」。
何だか夢中で読んで、そして今でも覚えているラストの衝撃。
今から思えば最良のSFとは言い難いかもしれないけれど、初めて読むSFとしてはとても良かったのではないかと思います。
そしてそこから始まる怒涛のSF小説乱読。名作と呼ばれるものはほとんど全部読んで読んで読みまくって、
さて、何が僕の好きなSFでしょう。
もう、長くなったから、次回に書くことにします。

高校生になってからは、「ブレードランナー」「未来世紀ブラジル」「2001年宇宙の旅」「鏡」等SF映画やシュルレアリスムの映画をたくさん見て、リアルタイムでは「フィフスエレメント」「12モンキーズ」「エイリアン4」、フランスのエンキ・ビラルの「ティコ・ムーン」にアニメーションの「ゴッド・ディーバ」…もう数え切れないくらいのSFやファンタジー映画を見ました。
どうしてこう、何ていうんだろう、あまり明るくない未来像に惹かれるのでしょう。
退廃、というのでしょうか、そういうものに滅びの美しさを感じます。
明るい話など好きじゃない、等とは思わないけれど、好むものは暗い話が多いようです。

スペースオペラみたいな壮大なSFも好きなんだけどね。

ということで、今回は
書店員と僕のノンバーバルコミュニケーションについてのどうでもいい考察でした。

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by takekiygalmuto | 2017-02-01 17:45 | 日記