作曲家/ピアニスト 武藤健城(イーガル)の公演情報などなど日々の白昼夢。


by takekiygalmuto

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一週間一度の更新を厳格に守ってきた僕ですが
とうとう先週はブログを書けませんでした。
なんですか、この忙しさ。
先週はずっとリハとライブで
野佐怜奈ワンマンから始まり、セクシー大サーカス、サラヴァ東京6周年、若林圭子さんとのディオ等、これがほんとにどれもこれも楽しくてね。
昨日何か、中華街でチャーハン食べちゃったりなんかしてもう忙しい忙しい。

ということで恒例の告知です。

2017年2月24日(金)
煉獄ディナーショー
大塚 All in Fun
出演:あやちクローデル、蜂鳥スグル、イーガル
18:30 open 19:00 start
2500円+ご飲食代


全くいつも何をするのかわからないけれど、エッヂの効いたイベントですので
心して来てください。


さて、みんなが気になっているアレについて書きます。
やっぱり、アレだもんね、気になってるよね。
アレを取ったアレですよ、アレ。
恩田陸さんの「蜜蜂と遠雷」読了しました。
ピアノの国際コンクールを舞台に4人のコンテスト出場者とその周りの人たちのお話。
誰が優勝するのか!?というのを考えながら読むのもいいのですが、
実際ね、コンクールなんてぶっちゃけ必然性のある理由があって優勝者が決まるなんてことはないのです。
運というか、その時の雰囲気というか、その他の要因というか、
甲子園みたいにたくさん点数を取った高校が優勝、みたいなものではないので
優勝が誰でもいい、というか、この小説も別に優勝者が誰か、がクライマックスではありません。

小説に登場する主要な4人のコンテスト出場者のうち
一人が元天才少女でコンサートから離れていた20歳の女の子。
も一人がアメリカの名門音楽院のすごい先生の秘蔵っ子。
も一人がコンクール出場規定ギリギリの年齢に達してるクラシック音楽のメインストリームからは離れて楽器屋で働いてる男の人。
そして、フランスの地区予選で現れた、ピアノも持っていない無名の天才児。

国際コンクール経験者の友達の話とか僕の国際コンクール経験からすると、
こんな4人ザラにいる!!!すごく国際コンクールのテンプレみたいな4タイプだと思いました。
こんな人たちが1割弱いて、後はそこそこの技術を持った突出したもののない音大生、音大出身者がしめているように思います。
ということでこの設定に違和感は無かったです。
彼らの思っていることも若い頃の音楽家が持つような極めて表面的な芸術感で良かったし、あまりコンクールの優勝を目指している雰囲気ではない、というのも、コンクールってそんなもんだよな、と感じました。
優勝するぞ!と意気込んでたって、のほほんとしていたって勝つ人は勝つし、そこを気にしても仕方がない、というか…なんていうんだろ、コンクールとはそのようなものです。

音楽的な表現に関してもそんなに気になる箇所はありませんでした。2,3箇所違和感はあったけれどその程度で、何より良かったのが、演奏や曲を神聖なものとして扱わずに、陳腐な言葉で、登場人物たちの台詞、或いは心情として語られていることでした。

小説と音楽は親和性が高い、と言われることしばしばですが、僕は必ずしもそうとは言えないと思っています。
現実に存在するもの(音楽作品)を小説(というフィクション)の中で客観的に描こうとすると、
音楽の専門家ではない作家の筆から音楽理論のミスが多発することがあります。
例えば、何かの曲を分析するようなシーンがあるとします。読んでいる僕はその曲を知っています。分析理論も知っていて、スコアも見れば分かる。小説内の完全無欠な天才が初歩的な分析で
素人以下のミスをしてしまうのですね、そういう小説を最近読みました、アイタタタ。

しかし、「蜜蜂と遠雷」では、「海が見えるみたいだわ」とか「何だか感動する」とか、登場人物たちの極めて主観的な言葉でしか音楽が語られないので、虚構内虚構として外部からの否定の余地が無い形で音楽を小説の中に閉じ込めていました。
それが良かった。

コンクールの選曲としてはそれはないわ、とか、偶然すぎる出会いとか、そういうことはたくさんありますけれど、それは小説ですもの。
あと秀逸だったのが、二次予選で全員が弾く現代音楽作曲家による新作「春と修羅」。
もうこれが、ほんとに何かいかにも現代音楽作曲家がコンクール課題曲につけそうな題名で
ニヤニヤしました。

最初にも書きましたが、コンクールの優勝者は誰でもいいんです。
というのは、国際コンクールというのは音楽家としてのスタート地点なので、
出場したところから音楽家のキャリアがスタート。小説の終わったところから
音楽家として生きていけるかどうかがジャッジし始められるのがクラシック音楽界です。
多分、主要な登場人物のうち、あの人はこうなるだろうしあの人はこうなるだろうし、そうねそうね、アレよね、と面白く読めた小説でした。

ただ、何を伝えたい小説なのかは分かりませんでした。でも楽しかった。




さて、とてもいい本を読みました、と書きましたね。
「蜜蜂と遠雷」のことではありません。

小田雅久仁さんの「本にだって雄と雌があります」です。
いやー、めちゃくちゃおもしろかった。
ホントにもうなにこれ、バカなの?
本棚に本を並べていると並べ方によっては本同士で子供を作って新しい本が生まれてしまう。
そしてそんな本を蒐集、或いはそんな本に翻弄されてしまう一族の物語が
最初から最後まで一貫してくだらない文章で書かれています。
小説内にも滑稽本が出て来るんですが、この小説自体も滑稽本というような雰囲気です。

本を読んでいると時々、違う本で同じような感覚を感じたな、という既視感があることがあります。内容が似ている、ということではないくて、感覚的に同じところに落ちていくような既視感。
何だったかなこれは、と思ったら
松山巌の「月光」や黒田夏子の「abさんご」やガルシア・マルケスの「百年の孤独」や古井由吉の短編を読んだときの、僕の頭の中に現れる何だかよくわからない深い谷に霧が降りていってその中に自分がゆっくりと下降していくような気持ち。
ああ、この感覚久々だ、と思いました。大好きです。



さて、読まず嫌いだった作家の本を少しずつ読んでいく計画は早速頓挫しておりまして、
応用編に突入しております。
読んで苦手だった本をもう一度読む、というやつです。
基礎をすっかり疎かにして勝手に応用してしまうだなんて、
アカデミズムの悪いところしか体現していませんが、
読んでみました。

先週読んだのは、
フーコー「地の考古学」
ペトラルカ「無知について」
ニーチェ「道徳の系譜」
アダム・スミス「道徳感情論」

フーコーの持つ問題意識というものが僕の興味の無い問題意識のため、何でわざわざこんなことを書くんだろう、と思ってしまいました。再読しても変わらず。
ペトラルカは、自分をけなした人に自分の正当性を示す、という自己弁護。の名のもとに自分をけなした人をけなしている、というメビウスの輪のような悪循環。再読してもやっぱりそう思いました。
ニーチェは、やっと何となくニーチェの言わんとすること、大事に思っていることが見えてきました。そして見えてくると同時に、自分との共通の感覚と真逆の感覚が露わになり、面白かったです。ワーグナーを例えにした音楽についての言及、なるほど19世紀のドイツ人だふむふむ、と分かった気になりつつ、この百年での音楽に対する思想の変化を感じました。
アダム・スミスは「国富論」素晴らしいと思っているんですが、「道徳感情論」は前提条件に置かれている事柄がことごとく分からない。全然僕の感覚にないものなので戸惑いが止まりません。
アダム・スミスって本当に良識のある人なんだな、と確認致しました。
何で、アダム・スミスだけフルネームで書いているんだろう、僕。



あああああ、今回は音楽のことを書こうと思ったのに書きませんでしたね。
次はちゃんと音楽のことを書こうと思います。
よく聞かれる「一番好きな曲ってなんですか?」「作曲ってどっから発想を得ているんですか?」「作曲するときはピアノを使うんですか?」等など。


有益なことは、今回も何も書けませんでした。
次回がんばる。
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by takekiygalmuto | 2017-02-20 13:05 | 日記

特出し!イーガル選SF

今週も告知を…
と思ったら、何と今週はライブ出演が無いではありませんか。
びっくりびっくり。

来週は、14日、16日、17日、18日とあるので今週の分は来週取り返してね。
ひとまず、


2017年2月14日(火)「今夜はヴァレンタイン・ブルー」

【会場】西麻布 新世界
【時間】19:30開場/20:00開演
【料金】前売3000円/当日3500円(共にドリンク別)

~アナログ・レコードのようなA面/B面の編成で
チョコレートより甘く、ちょっぴりハードボイルドな
3度目のブルーヴァレンタインデー・ライヴをあなたに!
イベント内で重要なお知らせもあります。
有り難い「天の声」もお聞き逃し無く~

【出演】
■チームA面
Vo.野佐怜奈
Key.イーガル
Gt.赤松ハルカ
Ba.小澤のぞみ
Ds.なかじまはじめ

■チームB面
Vo.野佐怜奈
Key.イーガル
Gt.ユウセイ
Ba.勝原大策
Ds.なかじまはじめ

コーラス:アルガ、純子
ハープ:邉見美帆子

天の声:横山由佳里

FOOD(麺):きっちん大浪


ご予約はCONTACTまたはinfo@nosareina.comまで、
お名前/人数等を記載の上ご連絡ください。


ということですので、皆さんよろしく。


先週のブログですが、これがもう、匿名実名書店員元書店員の方々からの連絡がたくさん来ました。
あらやだ、そんなに読んでる人がいたなんて、気づきませんでしたすいません。

要は、ハヤカワトールサイズ用の紙カバーを用意している書店もある。ハヤカワだけカバーを書ける人は結構いる。書店員だって本を読んでいる人もいる。

ということでした。お詫びして修正いたします。
そして、ハヤカワだけカバーを要求するゲーム、なされてる方が結構いるということ、とてもうれしく思います。

前回、どのような経緯でSFを読み始めたかということを書きましたが、もしもSFに興味を持たれてしまったあなたのために僕が好きなSFを思いつくままに書いてみようかと思います。

まずは、海外編。

ジュール・ヴェルヌ「海底二万里」
言わずと知れた古典的な名作です。ウェルズの「タイムマシン」と共に物語も素晴らしくワクワクドキドキ。

A・E・ヴァン・ヴォークト「宇宙船ビーグル号の冒険」「武器製造業者」「イシャーの武器店」等
僕が大好きな作家。「ビーグル号」は単純明快な、未知の生物に宇宙で出会って、うわー、ギャー、ボコッ、グジャ、ってな感じで素晴らしいです。「武器製造業者」と「イシャーの武器店」は続きものなのですがどっちから読んでも問題ないはずです、確か。不死の人が頑張ります。

アーサー・C・クラーク「幼年期の終わり」「都市と星」

アイザック・アシモフ「ファウンデーションシリーズ」

ロバート・A・ハインライン「月は無慈悲な女王」

ああ、もう書くの面倒になってきた。
あとは、ディレイニーの「ノヴァ」「アインシュタイン交点」「バベル-17」、オールディス「地球の長い午後」、ベスター「分解された男」「虎よ!虎よ!」、ホイル「10月1日ではおそすぎる」、バラード「結晶世界」、ホーガン「星を継ぐ者」、コーニイ「ハローサマー、グッドバイ」、コードウェイナー・スミス「ノーストリリア」、ウィンダム「トリフィド時代」、ディック「アンドロイドは電気羊の夢をみるか?」「ユービック」等、ギブスン「あいどる」「ニューロマンサー」、ミエヴェル「都市と都市」「ペルディードストリートステーション」等、イーガン「万物理論」等。

ほら見て御覧なさい。ただの傑作って呼ばれてる小説の羅列。何、この無個性。こんなことならSF、傑作、おすすめ、とかで検索するのと何も変わらないですね、そうですね。僕はいつもこうなんです。映画だって音楽だって、超保守。色々考えた挙句、やっぱり戻ってくるところが所謂「傑作」。
だがしかし、これだけは言いたい!
一度は疑ってみるわけです、本当に傑作なのか、と。そして色々読んでみるわけです。その結果、戻ってきてしまうんです。というわけで、殆ど意味野無いリストを作成してしまいました。ちーん。

日本のモノなら、飛浩隆「グラン・ヴァカンス」シリーズ、牧野修「月世界小説」「傀儡后」「MOUSE」、上田早夕里「華竜の宮」、広瀬正「マイナスゼロ」、筒井康隆「ヨッパ谷への下降」他たくさん、椎名誠「アド・バード」、SFというかファンタジーかもだけど川上稔「終わりのクロニクル」(とても長いです)。
やっぱりそんなに突飛なモノは入ってませんね。ただ、傑作と言われているアレとかアレとか入ってないのは、あまり趣味ではないからです。僕にとっての日本のSFは殆ど筒井康隆です。安部公房はシュールレアリスムにカテゴライズしています。
最近読んだ日本のSFだと「横浜駅SF」という本が面白かったです。横浜駅が工事を繰り返していくうちにオートメーション化され、本州が全部横浜駅になってしまう話です。富士山とか横浜駅構内にありますし、横浜駅の外から幻の「18切符」を持った若者が何やら頑張ります。




僕はね、思ったんです。
みんなの為になるブログを書こう、って。
それなのに、なんでしょうね、これ。
もっとさ、ほら、こんなに簡単に肩こりがすっきり!とか、余りがちなお土産でもらった調味料の使い道とか、「ノッティングヒルの恋人」の主人公のTシャツがシーン毎に変わる詳細な考察とか、あとあれよ、写真とか上げて友達と飲み会なううぇーい、みたいなのとか楽しそうなブログ書きたいですよねそうですね。


そろそろ、音楽のことを書きたいな、と思っています。
来週はきっと音楽のことを書くと思います。思います、思います…。
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by takekiygalmuto | 2017-02-08 14:38 | 日記
先週末の浜松、名古屋でのライブ、ご来場ありがとうございました。
大変楽しくやれました。

だがな、君たち、今週末も名古屋に僕は行くのだぞ!

2017年2月3日(金)
『セクシー大サーカスin名古屋』
19:00 オープン 19:45 スタート
今池 つるのり
1500円+飲食代
出演:セクシーDAVINCI、イーガル


なんてこと!大サーカスとか言ってるわりに、二人きりよ!
頑張るしか無いね!来てね!



ということで今週も無事に告知終了。




皆さん、気づいておられるでしょうか。
ハヤカワ文庫が新刊を出す度に、最近、トールサイズという文庫本よりも
少し縦長なサイズになっていることに。
トールサイズだなんて、もうそのネーミングセンスがどうよ。
気づいてますか、あななたち(ハヤカワの人たち)
去年だったかのハヤカワ・SFコンテストの選評の中で、
登場する物のネーミングについてある作品にものすごく文句をつけておりました。
安直なネーミングで本当に良いのか、と。
えぇ、そんなコンテストを開催しているハヤカワ書房がトールサイズです。安直。
スタバかよ。

散々言っておりますように、僕はSF好きですよね、そうですね、
ハヤカワSF文庫たくさん買うわけですよ。(ハヤカワ文庫トールサイズの文句を言ってすみません。ちゃんと買ってます。)
でね、ブックカバーを使ってるんですが、ハヤカワトールサイズはブックカバーに入らないわけです。
困るよね。何あのサイズ。
文句は色々あるのですが、それよりもハマっていることがあります。

レジに本を持って行った時に
「カバーはかけますか?」
と聞かれたときに、
「ハヤカワだけカバーかけてください」
と、言うのです。

さあここで問われるのが書店員の資質。
「あぁ、なるほどね、この人本をたくさん読んでるんだわ、普段はブックカバーを使ってるけど、
ハヤカワトールサイズは入らないものねー、納得納得。」
と瞬時に察知して「私ちゃんと分かってますよ」雰囲気で対応してくれる書店員とのシンパスィー。
このノンバーバルコミュニケーション。
だがしかし、大抵の書店員は一瞬、「え?」という動作の停止、からのどれがハヤカワかな、という
おぼつかない手つき。
大体、2割くらいの書店員が本を読んでる人っぽい対応をしてくれます。残り8割がおぼつかない。

そこでですね、本屋大賞ですよ。
全国の書店員が選んだベスト本だと!? 読んでないだろ、書店員。
私は信用していません、本屋大賞。


そうです、先週僕の好きなSFのことを書こうかな、と言っておりました僕ですが、
一体どんな経緯でSFを読み始めたのか気になって気になって、昨今とみに考えていたのですが、
やっと昨日、西新宿の高層ビル街の木枯らしに吹かれて歩いているときに
雷鳴のように蘇ってきたのです、あのときのことが!

そうそれは中学生の時でした。
小学生の頃からカフカだとか安部公房だとか幻想文学というかシュールレアリスムというか
何だかそういうグロテスクで不条理に満ち溢れた小説を主に読んでおりました。
もちろん、教科書的な優良図書も漱石だとか太宰だとか芥川だとか読んではいたんですが、
(どうなの、太宰ってさ、何で学生の推薦図書に入ってるの!?あと、ヘッセの「車輪の下」も学校的にどうなの、と思うんだけど)好きなのは澁澤龍彦や生田耕作の翻訳したものでした。
中でもフランスのアンドレ・ピエール・ド・マンディアルグは一番のお気に入りで何度も何度も今でも読み返しております。



中学生の僕は、今日も学校帰りに本屋に寄っておりました。何かいい本無いかな、ドストエフスキーの別のやつ別のやつ…、とウロウロしていたのですが何とドストエフスキーの「白痴」の上巻だけが品切れだと。
困った僕は純文学もシュルレアリスムもちょっと置いといて何か別のものを読んでみよう、と思ったわけです。
但し、僕の好みは「小説内世界が小説内で完結している」ものだとはっきり分かっていたので、読後の余韻やら、現実世界へのコミットメントなどちっとも興味が無かったのです。
「こういうこと現実にもあるよねー」とかいう読者の共感は僕の求めるところではなかったわけです。
そうなると、小説内世界の根底を勝手に定義してその前提の上に物語を書くジャンル、そう、それこそがSF。
サイエンスフィクション!全く嘘八百を並べ立てて、さもそんな世界や理論があるかのごとく世界を創造するサイエンスフィクション!
僕は思ったね、これだ、と。

だけど、困った。まだ、この頃にはインターネットもそんなに普及していないし、スマホなんかも持って無い。
CDだってジャケ買いと店員のオススメポップを頼りにアタリとハズレの繰り返し。そんな時代ですもの。
本屋さんで突然SFを読もうと思っても予備知識の無い中学生の僕は何を選べばいいのか、さっぱり分からない。
そこで見つけたんだね、平積みになっているSFを。
クリストファー・プリーストの「逆転世界」。
何だか夢中で読んで、そして今でも覚えているラストの衝撃。
今から思えば最良のSFとは言い難いかもしれないけれど、初めて読むSFとしてはとても良かったのではないかと思います。
そしてそこから始まる怒涛のSF小説乱読。名作と呼ばれるものはほとんど全部読んで読んで読みまくって、
さて、何が僕の好きなSFでしょう。
もう、長くなったから、次回に書くことにします。

高校生になってからは、「ブレードランナー」「未来世紀ブラジル」「2001年宇宙の旅」「鏡」等SF映画やシュルレアリスムの映画をたくさん見て、リアルタイムでは「フィフスエレメント」「12モンキーズ」「エイリアン4」、フランスのエンキ・ビラルの「ティコ・ムーン」にアニメーションの「ゴッド・ディーバ」…もう数え切れないくらいのSFやファンタジー映画を見ました。
どうしてこう、何ていうんだろう、あまり明るくない未来像に惹かれるのでしょう。
退廃、というのでしょうか、そういうものに滅びの美しさを感じます。
明るい話など好きじゃない、等とは思わないけれど、好むものは暗い話が多いようです。

スペースオペラみたいな壮大なSFも好きなんだけどね。

ということで、今回は
書店員と僕のノンバーバルコミュニケーションについてのどうでもいい考察でした。

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by takekiygalmuto | 2017-02-01 17:45 | 日記