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作曲家/ピアニスト 武藤健城(イーガル)の公演情報などなど日々の白昼夢。


by takekiygalmuto

没後80年 岸田劉生-肖像画をこえて-

東郷青児美術館にて、予告通り『没後80年 岸田劉生-肖像画をこえて-』を見る。

岸田劉生は、夭逝した天才画家と言われている。しかし、どうも僕には『麗子微笑(青果持テル)』の怪しげな印象と、美しい風景画の画家という、かなり相反する二つのイメージだけだった。
一体どんな展覧会なのやら、とドキドキワクワクしながら入った。

まずは1912年~1914年頃にかけて書かれた大量の自画像。
冒頭の一枚目には、明らかに筆使い、色共に、ゴッホの影響を受けている大胆な線で描かれた自画像。
そして、二枚目以降はセザンヌの影響を受けた薄い色使いで、走るような筆。淡い色を重ねながら、近くで見ればぼやけているものの、やや離れてみたときに輪郭が見える。
1914年頃からは、デューラーの影響を受けて写実的な表現へと移行してゆく。より細かく、詳細に描かれて、ともすればグロテスクに成りかねないほど、人物の顔がはっきりと描かれる。
この自画像を描き続けた時期は、過去の画家の模倣が主であり、そこにはもちろん岸田劉生の個性はあるものの、模倣の域を出ていないように思われる。

さらに進めば、自画像制作と同時に行われていた友人を描いた作品群も同じような過程を経ていくけれど、ある時、突然、描かれた目に強さが現れる。
他人の模倣をしながら自分の方法論を模索し、写実的な画風になってからは、そこにあるもの、を描き切ることで、自然とそこに現れる真実を描こうとしたように思える。しかし、その時期を通り過ぎて、写実の中から、人物の内面=描いている画家自身の内面の転写、とでもいうのか、写実された絵の中に画家が見た被写体の内面が突如として現れ始めた。ある人物の目はぼんやりと、そしてある人物の目は何かを見通すようで、その絵の中に、画家の個性が現れたように思えた。

そして、中国の絵画や江戸時代の浮世絵の影響を受けて、一見グロテスクに見える表層の下に現れる強さや葛藤、真実を描こうとし始めた劉生が選んだ被写体は、娘の麗子、そして、麗子の友達のお松だった。
この二人の少女を描いた絵は限りなく多く、
もう、麗子のオンパレード。
笑う麗子、麗子微笑、麗子立像、二人麗子像、三人麗子像。次々と麗子が現れる!
ていうか、三人麗子像って!三人麗子がいるデッサン。本当に素晴らしい作品だと思ったんですが、全く画像が無く、二人麗子像を貼ってみます。

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野童女=グロテスクな中の美しさを追求する劉生によって、落ち武者化された幼き麗子。

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何ということか、両方麗子。写実など通り越して、ファンタスティックになっております。


あまりにも次から次へと麗子が現れるために、段々可笑しくなってくるほど、執拗に麗子を被写体として描き続ける。
そこには、確実に個性を確立した岸田劉生の真骨頂があり、そこへ到るまでの、模倣~写実~グロテスクな美、という道筋をしっかりと明確に提示したこの展覧会は、何と価値のある素晴らしい展覧会だろうと思いながら、会場を後にした。

もちろん、麗子微笑クリアファイルは、購入いたしました。
by takekiygalmuto | 2009-07-02 07:34 | 日記