作曲家/ピアニスト 武藤健城(イーガル)の公演情報などなど日々の白昼夢。


by takekiygalmuto

荒地の恋

先週ジャン・エシュノーズが作曲家モーリス・ラヴェルの晩年を描いた小説『ラヴェル』を読み終えたばかりだというのに、またしても僕は伝記小説を読みました。
読み始めて、一気に読み終えて・・・朝寝坊!

僕は、特に伝記が好きだったりとか、伝記小説が好きだったりとかするわけではなく、というか、むしろあまりそういう小説はほとんど読んでいないんです。
それなのにたまたま二つも続けて読むと、これはこれでなかなかいいものだなー、と思いました。

ねじめ正一『荒地の恋』
詩人北村太郎が50歳を越えてから死に至るまでに、恋をし、人生を振り返り、そして詩を書く。
10代からの友人たちで同人誌『荒地』(あれち)を軸に活動をしてきた、田村隆一や鮎川信夫、田村の妻、北村の妻、そして彼らを取り巻く人間関係が、描かれている。
小説であるにも関わらず、登場人物たちが生き生きとしていて、ねじめ自身、親交があったのだと思うけれど、それが感情的にはならず、客観的に描かれていて、
どこかボンヤリとしたイメージだった北村太郎が、彼の内面では、常に厳しい葛藤、生と死に対峙した厳しい人生が繰り広げられていたことを知る。

僕が始めて北村太郎を知ったのは、やはりねじめ正一さんがNHKの人間講座で『言葉の力・詩の力』という番組をやっていた中で紹介されていたときでした。
それ以来、北村太郎の詩を読み、エッセイを読み、
特にエッセイの軽妙さに見せられていた。

うろ覚えだけれども何かのエッセイの中で
「うどんを食べていたら鮎川信夫に、君、そんなサナダムシみたいなものを食べるのかね、と言われた。」
みたいな文章が出て来た覚えがある。
他のエッセイでもどこか気の抜けた軽妙さがあり、北村太郎の詩の世界の厳しくものごとを見つめる鋭さとは対極にある文章が大好きだった。
というわけで、北村太郎未刊行詩とエッセイという本も最近買ったのだけれど、
それを読む前に『荒地の恋』を読み終えた。

何も言うまい、と思った。
人にはそれぞれの人生があり、僕が生まれた頃、世界にはたくさんの人がすでにいて、生き、悩み、そしてこの世を去っていったんだと思うと、
毎日過ごすことや、生きていくことが、途端に新鮮になった気がした。

いい小説です。重くのしかかるような小説だけど。『死の棘』という島尾敏雄の小説にも似た世界。しかし、『荒地の恋』は、狂気に陥りそうなその淵でギリギリ持ちこたえた芸術家たちの世界で、そのギリギリ理性を持ちこたえたが故に、苦しく、耐え難い窒息感のような恋や人生、詩作を繰り返した北村太郎の人生はカッコいい。

現在、田村隆一の評価は著しく高いけれど、もしかしたら、田村隆一は彼とその時代を切り離しては語れない詩人なのかもしれない、と思う。けれど、北村太郎は、時代から切り離しても耐えうる詩を書いた。これから先にもっともっと評価されるんではないかな、と僕は思っている。
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by takekiygalmuto | 2008-04-09 19:29 | 日記