作曲家/ピアニスト 武藤健城(イーガル)の公演情報などなど日々の白昼夢。


by takekiygalmuto

武藤健城×菊池智恵子 後記。

ながーい後記。

『武藤健城×菊池智恵子』

Program

第一部


5つの小品
あなたをはじめてみたときに
パッサカリア(新作初演)
4手のための舟歌

第二部


桜  作詞・作曲 武藤健城
野ばら 詩 ジャン・コクトー(訳・堀口大學) 作曲 武藤健城
小さなカンタータ 作詞 バルバラ(訳・武藤健城) 作曲 バルバラ
サンゴ 詩 寺山修司  作曲 武藤健城
黒い蝙蝠 詩 萩原朔太郎  作曲 武藤健城
秋の日 詩 村野四郎  作曲 武藤健城
幼年 詩 吉原幸子  作曲 武藤健城

第三部

ピアノソナタ


☆☆☆

自分自身でも、自分が作曲したピアノ曲を纏めて聴く機会というものはナカナカないので、楽しかった。
ただ、本番までは、すべての曲が「現代曲」というくくりの中では、自分では全部違うとは思っていても、同じような曲に聞こえるんじゃないかという不安もあって、ピアノ曲ばかりが並ぶことに怖さもあったけれど、結果的には、(僕には)それぞれの曲には全く違う響きがあって、この5年程度僕が書いてきたピアノ曲の自分の作曲スタンスの推移を見れた気がして、とても良かった。

やはり2004年に書いた『5つの小品』は、いかにも現代音楽といった響き。一つ一つの曲が30秒程度~3分程度の小品集だからいいものの、それ以上の長さになれば、僕の目指す情緒的な現代音楽という部分は逸脱してしまうと思う。限られた要素で切り詰めた音楽を書いたウェーベルンの音楽は、そういう意味では全く適度な長さなんだろうな、と感じた。バルトークの「ミクロコスモス」にしても、小さな要素をテクニカルに使う曲で、バルトークの他の大曲とは構成要素が違う。
といった感じで、現代音楽的な小品だな、と自分で思う。
『あなたをはじめてみたときに』は2006年初演以来今年8月の改訂を経て、ひとまず完成。聴いてくれたお客さんにも反応が良くて、この曲はロマンティックで素敵な曲だなァ、と自分でも思った。相当響きに重点を置いていて、一つひとつの和音がロマンティックに響くこと、それから、無調の中に終止感を持つこと。を基本に作った。
これはもう、演奏してくれた菊池智恵子のモノ、という感じがするほど、自分の手を離れた曲だと思った。
『パッサカリア』は今回が初演。どうしても初演の時はそわそわしてあまりちゃんと聴けない。ということで今回もあまりよく聴けなかったわけですが、再演に向けて、勝手に動きます。どうも、再演した時にやっと冷静に聴けるというのが僕の悪い癖です。ちなみに「パッサカリア」も僕はウェーベルンの「パッサカリア」に対する反抗。というような意味合いがあった。ウェーベルンがすごく好きだから、逆の方向へ進んでみようという感じで。
『舟歌』は、ショパンの「舟歌」をベースにしているけれど、この曲は今回で3回目の演奏で、再演されるということが嬉しい。
友人曰く、すごく性格の悪い曲、ということで、確かに言われてみれば、ショパンと全く同じように進んでいくのに、突然裏切ったり・・・。
現在は、演奏者に極めて現代的な弾き方をしてもらっているけれど、もしかしたら、もっとショパンの舟歌的なオスティナートを強調してもらったらもっとロマンティックになっていくのかもしれないなーぁ、と演奏の可能性を感じた。
マイミクのタカタカさんにどうやって作ったのか、ということを聴かれたので、ちょっと書いてみると・・・。
まず、ショパンの舟歌の分析をした。分析をして、リズムだけを取り出して、その上に新しいメロディーと和音をのせる。その時点ではショパンの舟歌のニュアンスしか残らない無調性の舟歌に。ちなみに最初の30小節程度(もしかしたらもっと)は、リズムも小節数も全くショパンと一緒。それから、最初と最後の音は絶対同じものにしようと思っていた。
僕は昔からバルトークが言った「本来無調というものは存在しない。1音鳴れば、そこには調性がある」という言葉を信じている。その為に、たとえ無調だとしてもその次の和音で急に調性を持つことが可能だと思う。その為には、調性になる和音の一つ前の和音に向けて、微妙な細工は必要なんだけれど、聴き手には突然調性が現われたように感じてもらえたら嬉しいなー、何て思いながら、部分的には思い切りショパンのメロディーをそのまま使った。
そのあとは、ショパンの舟歌でも、本来舟歌が持つ叙情性よりもピアニスティックな方向を重視していることを考えれば、僕もショパンの舟歌を離れてもいいかな、と思い、ショパンの舟歌の核になっている部分(だと僕が思う)箇所を少しずつ隠し味程度に挿入する程度にとどめ、他は自分のやりたいように書いた。ただ、このやりたいように書くためにはショパンの舟歌との類似性と、全く別の要素が共存している冒頭部分を作る必要があったために、そのへんの計算が一番大変だった。
つまり自分の個性とショパンの舟歌の個性のバランスを取りつつ、あとはまぁ、好き勝手に曲が行きたい方向へ進んでください、というような作曲でしたー。(タカタカさん、こんな感じでいいですか?笑)


2部は、歌いました。歌ってみたら、今回はバラードばかりを持ってきたけれど、もっとアッパーなものをやっても良かったかもと思った。


『ピアノソナタ』は、自分でいうのもホントどうかと思うけど、とにかく書けてよかった、と思った曲。この曲は、僕自身の思いいれが相当強い。
ピアノソナタと言えばものすごくたくさんの傑作が渦巻く、クラシックの中でも大きな分野。近年、単一楽章の表題音楽を書く作曲家が増え、ピアノソナタを書いている作曲家は少ない。
20世紀のピアノソナタで僕が好きなものと言えば、プロコフィエフの7番、ベルグ、矢代秋雄。19世紀以前では、シューベルトの19~21番、ベートーヴェンの30~32番、リスト・・・。
とにかく、色々な作曲家がそれぞれの個性を最大限に発揮した傑作が多いなか、書くのは大変なことで、僕のピアノソナタはシューベルトのソナタのイメージで書いた。
シューベルトのソナタ並に第一楽章の比重が重く、全体の半分の長さを持っている。二楽章は、僕個人的にはメインとなる気持ちで書いたけれど、色々な人に聞いてみると三楽章が一番印象に残っている、と言われる。
三楽章はきっちりロンド形式で書いたけれど、僕はイマイチこの楽章をどういうコンセプトで書いたのか思い出せない。多分、多少スケルツォ的な要素を持った主題作り、一楽章のような重さを持たない楽章にしようと思ったんだと思う。この楽章が一番好きだと言ってくれる人が多いのは、多分いいことで、もしも二楽章がいい、とか一楽章がいいとかだと、この楽章の必要性がないことになってしまうので、多分、この曲は三楽章がいい、と言われるのが一番いいことなんだと思う。
ていうか、シューベルトのソナタのイメージとかいいつつ、無調なのですが・・・。この曲は是非とも長い間弾いて欲しいなー、と勝手に思いつつ、

何やら、自分のピアノ曲を考えるすごくいい機会になりました。

来てくださった皆様、ありがとうございました☆
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by takekiygalmuto | 2008-10-08 20:55 | 日記