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作曲家/ピアニスト 武藤健城(イーガル)の公演情報などなど日々の白昼夢。


by takekiygalmuto

逆わらしべイーガル

おはようございます。ええ、業界風の挨拶ですね、知ってます、今はもう夜。
先週は2回ブログを更新すると思ってもない意気込みを発揮しましたが、もちろん更新は1回だけでしたね。
そんなことは想定内ですね、もう皆さん分かってきたと思います、良かった。

さて、告知です。
今週は土曜日に素晴らしいライブをするのです。先に言っておきます、素晴らしいです。

2017年3月18日土曜日
『シャンソン、タンゴ、飛び道具』
東中野 ALT speaker
19:00開場/19:30開演
出演: 若林圭子、幹丸これり、あやちクローデル、イーガル
2500円+ドリンク代

※とても美味しいお酒が飲める、
グランドピアノのある素敵なお店です!

20:00スタートと一部告知してしまいましたが、19:30スタートでした。

ということで、シャンソン、タンゴ、何だか分からないジャンルの曲など、僕は弾きまくります。
来てね。


わらしべ長者って昔話がありますよね。
ワラを持っていて交換していくうちにお金持ちになる話。
僕はね、今日は転がるように散財していったんです、逆わらしべイーガルの物語をどうぞ。

ということで、今日ですよ、今日。
9時~17時まで上下水道の工事の為、うちの水が出ないんですって。
全くなんてこったい!
そんなわけで当て所もなく僕は家を出たわけです。
モーニングを食べて、そこでかかっていた内田光子のモーツァルトのピアノソナタが本当に素敵で
うっとりしつつ、こりゃあいかんと朝からリハーサルに行きました。まぁすぐに終わるリハだったので
終わってから今度はどこにでもあるチェーン店で珈琲を飲みながら本を読んでいたわけです。
菅浩江さんの「永遠の森 博物館惑星」。再読です。
地球の衛星軌道上に浮かぶ全地球の芸術や植物を収集保存を目的とした博物館のお話なんですが、
まぁつまりSFです。
これがもう作者の数多の芸術への関心の深さがにじみ出るような素晴らしい短編集で
読むたびに美しさを共有しているわけです。
さて、本日もうっとり日がな一日、本を読んで過ごせるかと思っていたら罠。
206ページ目に罠が!


急に展覧会を見たくなった。やっているものなら何でもいい。すぐに浴びられる美の飛沫が欲しい。美和子のように気楽な立場でそれを享け、単純に喜びたい。いっそのこと今日一日はサボってやろうか…。
菅浩江「抱擁」より


ああ、僕は本を閉じてしまった!
急に展覧会に行きたくなった。何ということでしょう、SFという非現実の局地にあるような小説が
こんなにも大胆にわたくしの私生活にコミットしてくるだなんて。
しばし抗ってみたものの小説の内容も頭に入らず、負けも悟らず、最先端機器スマホなるもので美術館情報をチェキラベイベ。
オーイェア、三菱一号美術館で『オルセーのナビ派展』をやっているではないですかどうですかこれ。

ナビ派は何かというと、セザンヌが切り開いた印象派と、そのあとにズドンとやってくるフォービズムやキュビズム、抽象画への道筋の中に慎ましやかに存在する具象から抽象絵画への橋渡しをしたような、何とも言い難い、チャレンジングな画家たちのことでして、あまり見る機会は無いわけです。
あぁ、ナビ派ね、ふーん。とかも言えないくらいに見る機会もあまりなく、代表的な画家と言ってもボナール、ドニ、ナンソン。僕にとっては、へー、何にも思い浮かばないや、といった具合です。

すぐに浴びられる美の飛沫…。
これはナビ派なんじゃ。ナビ派はなんてったって預言者の意味で、この何にも無関係な本日の出来事を
勝手に運命づけるにはぴったしだな!と意気込んでしまったのです。


到着。
チケット購入。
準備オッケー。
はい、スタート。

僕にとって美術展というのは最初の何点かを見て、そして見方を考えて、もう一度見て、僕の見るスタンスを形づくるところから始まります。
そこで時間を取られるわけですが、そこから先は何に焦点をしぼればいいか、僕自身に迷いが無く見ることができるのでこれはかかせない儀式なわけで、だから今日もそれをして、あー、そんな感じか、平面の構図、んん、簡潔な線、いやいや、色彩…、リズム感、ぇと、何だかな、全然わかんないこれ何。
やべぇ!
さっぱりわかんねぇ!!!

何ていうかすごいごちゃ混ぜ感なんです。
リンゴの静物画からスタートするんですが、確かにセザンヌ的なタッチが見受けられるし、でも待って、こっちの絵は何かもはや抽象画になってんじゃねーかよ、どこだよ川!どこに川があんだよ、これか、この青いやつか。
おいおい、見方が定まらない。

こんな不安な気持ちを抱えながら進んでいく僕。
その中で最初に衝撃を受けたのがモーリス・ドニの「テラスの陽光」。
殆どオレンジ色に塗り込められた小さなキャンバスの中にどうも人らしき形が浮かび上がっている。
なんだろう、これ。具象と抽象の狭間にかろうじて立っているような危うい雰囲気。
何だか目が離せなくなってきた。
ちょっと待てよ、とさっきの川の絵を見に帰る。ポール・セリュジエの「タリスマン(護符)、愛の森を流れるアヴェン川」。
あぁ、極端に色彩だけを抽出した、何というか、対象そのものを見たときに感じた心の風景を、現実の風景に重ね合わせて折り合いをつけたような、そんなやつだナビ派。

気がついたらのめり込んでいました。
もちろん画家によって作風はまちまちで好みは色々あるけれど、基本的には伝統的な絵画の体裁を持ちつつ、そこに何か自分たちの心象風景を重ね合わせているのだ、と僕は感じました。
ルネサンス期の宗教画や日本の浮世絵、セザンヌにゴーギャン、色々な影響の上に模索を続けながら描き続けた彼ら。
息も絶え絶え、休み休み、じっくり見てまいりました。

どこかで見たことのあるような懐かしい暗さのフェリックス・ヴァロットンの「ボール」。
その中に自分が入ってしまったかのような気持ちになるエドゥアール・ヴュイヤールの「公園」シリーズ。
そして最後に待っていたのはモーリス・ドニの「プシュケの物語」という連作。
ルドン的というか、淡い色合いで描かれる神話は美しくいびつで、大変好みでした。

やっと終わった。フルマラソン並の精神疲労。美術館ってほんとに体に悪い。

さて、ちょっと絵葉書でも買って帰るかな。もしかしたら図録も買おうかな。
そんな気持ちでミュージアムショップに寄りますよね、展覧会の帰りって。
思考停止っていうのかな、こういうの。何だか財布の紐が緩むよね。

で、ミュージアムショップがですよ、


ちょっと待て。

絵葉書やばっ!!!!!!


何と絵葉書が絵画と絵画の塗り絵セット!
どゆこと!?
塗り絵ってどゆこと!?
こんなに抽象化された風景画とその塗り絵…。
手に取っちゃうよね、間違いない。

そんな調子だから、図録も買うよね、間違いない。

壁を見たら複製画がかざってあるよね。ああ、これ欲しいな、と思ったけど絵葉書と塗り絵セットになかったやつだよね。
うん、買うよね。



ということで、買ってしまいました、モーリス・ドニ「磔刑像への奉納」の複製画。

画像とか張り方分からないから気になったら調べてね。



閑話休題。

玄関入ったところにかけてみました。客人を迎えるにあたってなんてふさわしくない絵なんでしょう。
ちなみにその前にはそこにはベルナール・ビュッフェの静物画が、さらにその前には中世の人物画がかかっていて、
結局どれもそんなに客人を迎えるような絵じゃなかったので別にいいんですけど。


あーあ、上下水道工事の為に、ちょっとお出かけのつもりが、つもりつもって散財三昧。
お金がない僕です。18日のライブに来てください。キラッ







# by takekiygalmuto | 2017-03-14 19:38 | 日記

楽しいことばかり。

さて、こないだ書いたブログから2週間経ってしまいましたね、週1回の更新は全然果たせない雰囲気が満ち満ちてまいりました。

今回の告知です。
何と、今週はライブがないだと!?
こんなときもあるものです。
そんなあなたに朗報。真面目すぎるイーガルを見るにはこんなに素晴らしい機会はない、という
ライブをご用意しております。
是非来てね。

2017年3月18日土曜日
『シャンソン、タンゴ、飛び道具』
東中野 ALT speaker
19:00開場/19:30開演
出演: 若林圭子、幹丸これり、あやちクローデル、イーガル
2500円+ドリンク代

伝説のシャンソン歌手に、タンゴの新鋭、
そして大体飛び道具みたいなジャンル不明の3人の歌合戦。
春を呼ぶ儀式のような一夜をご堪能ください。

※とても美味しいお酒が飲める、
グランドピアノのある素敵なお店です!

20:00スタートと一部告知してしまいましたが、19:30スタートでした。




さてさて、先週は金曜日から日曜日まで楽しくて仕方なかったです。
浜離宮ホールでは、松原健之さんのコンサートの前座をさせていただきました.
本当に素敵な歌声と人柄でした。今度、ご飯連れて行ってもらお。


東京ガーデンパレスホテルでの朗読ミュージカルはとても楽しかったし、よい作品に関われたことが嬉しかったです。
今回は終演後、石渡真修君や古谷大和君や他の出演者の人たちともたくさん話す機会があって、
勉強になることもたくさんありました。本当にタイムリーの役者さんたちはいい人ばかりで、仕事をしてても気持ちいいです。

浅草HUBでの音彩は司会をしました。出演者さんたちがみんなめちゃめちゃかっこいい音楽をしていて、音楽は素敵だ、と改めて思いました。


でね。
僕は子供の頃から、それはもう三大◯◯を作っているわけです。

三大ゆたかと言えば
尾崎豊、江夏豊、夏木ゆたかですし
三大吉田と言えば、
吉田松蔭、吉田戦車、吉田沙保里ですし
三大リンゴと言えば、
リンゴ・スター、椎名林檎、ハイヒールリンゴですし
三大アップルと言えば、
apple社、フィオナ・アップル、ハイヒールリンゴですし

これはもう一般論と言っても過言ではないわけですね、はいそうですね。

ところで、前のブログで書きましたが僕が作曲家として聞かれる三大質問があるのです。
今日はまくらが短くて本題に入れました。何て素晴らしいことなんでしょう。
どうせ脱線するのは目に見えておりますが、頑張りましょう。
僕じゃなくて、読む皆さんが頑張りましょう。

でーん。
これです。
「一番好きな曲ってなんですか?」
「作曲ってどっから発想を得ているんですか?」
「作曲するときはピアノを使うんですか?」

大体、何か表現の仕事をしていると好きなものを聞かれることって結構あります。
そんなときには「オフィシャル」な答えを用意していたりします。
何というか、こう答えるべき、と求められているように推測され得る答え、というのでしょうか。
雑誌のインタビューだったりするときに、
好きな本を聞かれて、オルテガ・イ・ガセットの「大衆の反逆」だとか、1920年代から40年代のフランスヌーボーロマン、特にナタリー・サロートですね、とか答えたり、ラブクラフト全集ですね、とか、ブルーノ・シュルツですね、とか、何かそういう誰得?みたいな答えは求められていないわけで、ちょっと譲歩したけどここならいける!みたいな落とし所があるのです。
例えば、ドストエフスキーのカラマーゾフの兄弟とか、プルーストとか、漠然と幸田文さんです、とか、聖書です、とか言ったりしてます。
でもブログだからね。好き勝手書きたいと思います。

ってことで、いくぜ。

「一番好きな曲ってなんですか?」
いやー、めちゃくちゃ難しい。このジャンルだったらこれ、みたいなのが少しはあるんですが、
やっぱりどれもこれも好きだから、何だか答えが散漫になってしまいます。
ポップスならば、
殿堂入りのケイト・ブッシュを除いて、
バーシア、ジャネット・ジャクソン、ニナ・シモンが三大歌姫です。
意外と普通。エイミー・ワインハウスも好きです。

クラシックならば、編成によって色々ですが、
ピアノ曲ならば、ブラームスのop.118の6つの小品、ベートーヴェンのピアノソナタ全32曲と6つのバガテル、ベルクのソナタが好きです。
室内楽ならば、バルトークの弦楽四重奏全曲、メンデルスゾーンの弦楽八重奏曲。
弦楽独奏曲ならば、イザイの無伴奏ヴァイオリンソナタ、コダーイの無伴奏チェロソナタ、ブリテンの無伴奏チェロ組曲。
オーケストラならば、レスピーギのローマ三部作、マーラーの交響曲第9番、ベートーヴェンの交響曲第7番、ブルックナー全曲、ベルクのヴァイオリン協奏曲、シェーンベルクのピアノ協奏曲、エルガーのチェロ協奏曲。
歌曲ならシューベルトの冬の旅、オペラならブリテンの諸作品、R・シュトラウスの「サロメ」「ナクソス島のアリアドネ」、ワーグナーの「パルジファル」、グノー何かも好きです。
やだ、真面目。そして、取り留めもない。
ということで、とにかく、こんな質問には答えは窮する、ということですはい。


「作曲ってどっから発想を得ているんですか?」

得ません!
力技でひねり出します。
ごく稀にふってくる、というか、降りてくるようなこともありますが、
大体頑張ってます。

作曲家のコープランドが書いた「What to listen for in music」という音楽を聴く人の為の本があるのですが、これが残念ながら日本語訳がえらく古いものがあるばかりで新しい日本語訳で本出ないかな、と思っていたり、何なら僕、訳すから誰か出版しやがれ、と思うのですが、
その中で「一般の人たちは作曲家が自分自身の作品のことを理解していると思いがちだが必ずしもそのようなことはない」というようなことを書いています。
本当に、僕たちは全く自分の作品を理解していないのです。
力技でひねり出していようと降ってきたものであろうと、完成した瞬間にプロセスや自分の中の作曲の整合性とか正しさとかは意味を無くして、ただ作品が存在することになります。
終止線を引いたところで作品がこの世の中に存在しはじめて、もう自分のものではなくなるような感じがします。
なので、どういう意図で書かれたのですか、と聞かれても、何となくは答えられるのですが、
音楽は音楽それ自体でしかないので、
例え、僕が、ここは悲しみを、ここは喜びを表現しています、と言っても何も言っていないことと同義です。聴いた人が思ったことがその人にとって(例え錯覚であったとしても)本物であるし、僕が自分の音楽に思うことも同じように本物であると同時に偽物であるのです。シュレディンガー!量子論!
やっぱり、脱線しましたね。


「作曲するときはピアノを使うんですか?」

これまた難しいのですが、場合によります。
基本的に歌曲はピアノを使って書いています。歌いながら書いてます。
ピアノ曲は基本ベースだけピアノでラフスケッチを作って、後は机に向かって譜面を書くだけです。
オーケストラはメモ程度の断片をピアノで作って、後は計算をしたり図を書いたりして、
机に向かって書いております。
だってよー、考えてもみなさいよ、オーケストラなんてたくさん人がいるわけですよ、わたくしの10本の指で弾けるものなら別にピアノ曲で良いじゃないですか。
10本の指では弾けないたくさんの音とたくさんの音色を合わせるオーケストラは、これはもう頭の上に、ぽんっ、とオーケストラのイメージをのっけて、そこから流れてくる音を探す、そんな作業です。



てなことで、今回も真面目ですね、僕は。
さて、今度は何を書こうかな、やっぱり本の話になってしまいそうですが、
今週はもう1回くらいブログ更新できたらと思います。
# by takekiygalmuto | 2017-03-06 10:54 | 日記
一週間一度の更新を厳格に守ってきた僕ですが
とうとう先週はブログを書けませんでした。
なんですか、この忙しさ。
先週はずっとリハとライブで
野佐怜奈ワンマンから始まり、セクシー大サーカス、サラヴァ東京6周年、若林圭子さんとのディオ等、これがほんとにどれもこれも楽しくてね。
昨日何か、中華街でチャーハン食べちゃったりなんかしてもう忙しい忙しい。

ということで恒例の告知です。

2017年2月24日(金)
煉獄ディナーショー
大塚 All in Fun
出演:あやちクローデル、蜂鳥スグル、イーガル
18:30 open 19:00 start
2500円+ご飲食代


全くいつも何をするのかわからないけれど、エッヂの効いたイベントですので
心して来てください。


さて、みんなが気になっているアレについて書きます。
やっぱり、アレだもんね、気になってるよね。
アレを取ったアレですよ、アレ。
恩田陸さんの「蜜蜂と遠雷」読了しました。
ピアノの国際コンクールを舞台に4人のコンテスト出場者とその周りの人たちのお話。
誰が優勝するのか!?というのを考えながら読むのもいいのですが、
実際ね、コンクールなんてぶっちゃけ必然性のある理由があって優勝者が決まるなんてことはないのです。
運というか、その時の雰囲気というか、その他の要因というか、
甲子園みたいにたくさん点数を取った高校が優勝、みたいなものではないので
優勝が誰でもいい、というか、この小説も別に優勝者が誰か、がクライマックスではありません。

小説に登場する主要な4人のコンテスト出場者のうち
一人が元天才少女でコンサートから離れていた20歳の女の子。
も一人がアメリカの名門音楽院のすごい先生の秘蔵っ子。
も一人がコンクール出場規定ギリギリの年齢に達してるクラシック音楽のメインストリームからは離れて楽器屋で働いてる男の人。
そして、フランスの地区予選で現れた、ピアノも持っていない無名の天才児。

国際コンクール経験者の友達の話とか僕の国際コンクール経験からすると、
こんな4人ザラにいる!!!すごく国際コンクールのテンプレみたいな4タイプだと思いました。
こんな人たちが1割弱いて、後はそこそこの技術を持った突出したもののない音大生、音大出身者がしめているように思います。
ということでこの設定に違和感は無かったです。
彼らの思っていることも若い頃の音楽家が持つような極めて表面的な芸術感で良かったし、あまりコンクールの優勝を目指している雰囲気ではない、というのも、コンクールってそんなもんだよな、と感じました。
優勝するぞ!と意気込んでたって、のほほんとしていたって勝つ人は勝つし、そこを気にしても仕方がない、というか…なんていうんだろ、コンクールとはそのようなものです。

音楽的な表現に関してもそんなに気になる箇所はありませんでした。2,3箇所違和感はあったけれどその程度で、何より良かったのが、演奏や曲を神聖なものとして扱わずに、陳腐な言葉で、登場人物たちの台詞、或いは心情として語られていることでした。

小説と音楽は親和性が高い、と言われることしばしばですが、僕は必ずしもそうとは言えないと思っています。
現実に存在するもの(音楽作品)を小説(というフィクション)の中で客観的に描こうとすると、
音楽の専門家ではない作家の筆から音楽理論のミスが多発することがあります。
例えば、何かの曲を分析するようなシーンがあるとします。読んでいる僕はその曲を知っています。分析理論も知っていて、スコアも見れば分かる。小説内の完全無欠な天才が初歩的な分析で
素人以下のミスをしてしまうのですね、そういう小説を最近読みました、アイタタタ。

しかし、「蜜蜂と遠雷」では、「海が見えるみたいだわ」とか「何だか感動する」とか、登場人物たちの極めて主観的な言葉でしか音楽が語られないので、虚構内虚構として外部からの否定の余地が無い形で音楽を小説の中に閉じ込めていました。
それが良かった。

コンクールの選曲としてはそれはないわ、とか、偶然すぎる出会いとか、そういうことはたくさんありますけれど、それは小説ですもの。
あと秀逸だったのが、二次予選で全員が弾く現代音楽作曲家による新作「春と修羅」。
もうこれが、ほんとに何かいかにも現代音楽作曲家がコンクール課題曲につけそうな題名で
ニヤニヤしました。

最初にも書きましたが、コンクールの優勝者は誰でもいいんです。
というのは、国際コンクールというのは音楽家としてのスタート地点なので、
出場したところから音楽家のキャリアがスタート。小説の終わったところから
音楽家として生きていけるかどうかがジャッジし始められるのがクラシック音楽界です。
多分、主要な登場人物のうち、あの人はこうなるだろうしあの人はこうなるだろうし、そうねそうね、アレよね、と面白く読めた小説でした。

ただ、何を伝えたい小説なのかは分かりませんでした。でも楽しかった。




さて、とてもいい本を読みました、と書きましたね。
「蜜蜂と遠雷」のことではありません。

小田雅久仁さんの「本にだって雄と雌があります」です。
いやー、めちゃくちゃおもしろかった。
ホントにもうなにこれ、バカなの?
本棚に本を並べていると並べ方によっては本同士で子供を作って新しい本が生まれてしまう。
そしてそんな本を蒐集、或いはそんな本に翻弄されてしまう一族の物語が
最初から最後まで一貫してくだらない文章で書かれています。
小説内にも滑稽本が出て来るんですが、この小説自体も滑稽本というような雰囲気です。

本を読んでいると時々、違う本で同じような感覚を感じたな、という既視感があることがあります。内容が似ている、ということではないくて、感覚的に同じところに落ちていくような既視感。
何だったかなこれは、と思ったら
松山巌の「月光」や黒田夏子の「abさんご」やガルシア・マルケスの「百年の孤独」や古井由吉の短編を読んだときの、僕の頭の中に現れる何だかよくわからない深い谷に霧が降りていってその中に自分がゆっくりと下降していくような気持ち。
ああ、この感覚久々だ、と思いました。大好きです。



さて、読まず嫌いだった作家の本を少しずつ読んでいく計画は早速頓挫しておりまして、
応用編に突入しております。
読んで苦手だった本をもう一度読む、というやつです。
基礎をすっかり疎かにして勝手に応用してしまうだなんて、
アカデミズムの悪いところしか体現していませんが、
読んでみました。

先週読んだのは、
フーコー「地の考古学」
ペトラルカ「無知について」
ニーチェ「道徳の系譜」
アダム・スミス「道徳感情論」

フーコーの持つ問題意識というものが僕の興味の無い問題意識のため、何でわざわざこんなことを書くんだろう、と思ってしまいました。再読しても変わらず。
ペトラルカは、自分をけなした人に自分の正当性を示す、という自己弁護。の名のもとに自分をけなした人をけなしている、というメビウスの輪のような悪循環。再読してもやっぱりそう思いました。
ニーチェは、やっと何となくニーチェの言わんとすること、大事に思っていることが見えてきました。そして見えてくると同時に、自分との共通の感覚と真逆の感覚が露わになり、面白かったです。ワーグナーを例えにした音楽についての言及、なるほど19世紀のドイツ人だふむふむ、と分かった気になりつつ、この百年での音楽に対する思想の変化を感じました。
アダム・スミスは「国富論」素晴らしいと思っているんですが、「道徳感情論」は前提条件に置かれている事柄がことごとく分からない。全然僕の感覚にないものなので戸惑いが止まりません。
アダム・スミスって本当に良識のある人なんだな、と確認致しました。
何で、アダム・スミスだけフルネームで書いているんだろう、僕。



あああああ、今回は音楽のことを書こうと思ったのに書きませんでしたね。
次はちゃんと音楽のことを書こうと思います。
よく聞かれる「一番好きな曲ってなんですか?」「作曲ってどっから発想を得ているんですか?」「作曲するときはピアノを使うんですか?」等など。


有益なことは、今回も何も書けませんでした。
次回がんばる。
# by takekiygalmuto | 2017-02-20 13:05 | 日記

特出し!イーガル選SF

今週も告知を…
と思ったら、何と今週はライブ出演が無いではありませんか。
びっくりびっくり。

来週は、14日、16日、17日、18日とあるので今週の分は来週取り返してね。
ひとまず、


2017年2月14日(火)「今夜はヴァレンタイン・ブルー」

【会場】西麻布 新世界
【時間】19:30開場/20:00開演
【料金】前売3000円/当日3500円(共にドリンク別)

~アナログ・レコードのようなA面/B面の編成で
チョコレートより甘く、ちょっぴりハードボイルドな
3度目のブルーヴァレンタインデー・ライヴをあなたに!
イベント内で重要なお知らせもあります。
有り難い「天の声」もお聞き逃し無く~

【出演】
■チームA面
Vo.野佐怜奈
Key.イーガル
Gt.赤松ハルカ
Ba.小澤のぞみ
Ds.なかじまはじめ

■チームB面
Vo.野佐怜奈
Key.イーガル
Gt.ユウセイ
Ba.勝原大策
Ds.なかじまはじめ

コーラス:アルガ、純子
ハープ:邉見美帆子

天の声:横山由佳里

FOOD(麺):きっちん大浪


ご予約はCONTACTまたはinfo@nosareina.comまで、
お名前/人数等を記載の上ご連絡ください。


ということですので、皆さんよろしく。


先週のブログですが、これがもう、匿名実名書店員元書店員の方々からの連絡がたくさん来ました。
あらやだ、そんなに読んでる人がいたなんて、気づきませんでしたすいません。

要は、ハヤカワトールサイズ用の紙カバーを用意している書店もある。ハヤカワだけカバーを書ける人は結構いる。書店員だって本を読んでいる人もいる。

ということでした。お詫びして修正いたします。
そして、ハヤカワだけカバーを要求するゲーム、なされてる方が結構いるということ、とてもうれしく思います。

前回、どのような経緯でSFを読み始めたかということを書きましたが、もしもSFに興味を持たれてしまったあなたのために僕が好きなSFを思いつくままに書いてみようかと思います。

まずは、海外編。

ジュール・ヴェルヌ「海底二万里」
言わずと知れた古典的な名作です。ウェルズの「タイムマシン」と共に物語も素晴らしくワクワクドキドキ。

A・E・ヴァン・ヴォークト「宇宙船ビーグル号の冒険」「武器製造業者」「イシャーの武器店」等
僕が大好きな作家。「ビーグル号」は単純明快な、未知の生物に宇宙で出会って、うわー、ギャー、ボコッ、グジャ、ってな感じで素晴らしいです。「武器製造業者」と「イシャーの武器店」は続きものなのですがどっちから読んでも問題ないはずです、確か。不死の人が頑張ります。

アーサー・C・クラーク「幼年期の終わり」「都市と星」

アイザック・アシモフ「ファウンデーションシリーズ」

ロバート・A・ハインライン「月は無慈悲な女王」

ああ、もう書くの面倒になってきた。
あとは、ディレイニーの「ノヴァ」「アインシュタイン交点」「バベル-17」、オールディス「地球の長い午後」、ベスター「分解された男」「虎よ!虎よ!」、ホイル「10月1日ではおそすぎる」、バラード「結晶世界」、ホーガン「星を継ぐ者」、コーニイ「ハローサマー、グッドバイ」、コードウェイナー・スミス「ノーストリリア」、ウィンダム「トリフィド時代」、ディック「アンドロイドは電気羊の夢をみるか?」「ユービック」等、ギブスン「あいどる」「ニューロマンサー」、ミエヴェル「都市と都市」「ペルディードストリートステーション」等、イーガン「万物理論」等。

ほら見て御覧なさい。ただの傑作って呼ばれてる小説の羅列。何、この無個性。こんなことならSF、傑作、おすすめ、とかで検索するのと何も変わらないですね、そうですね。僕はいつもこうなんです。映画だって音楽だって、超保守。色々考えた挙句、やっぱり戻ってくるところが所謂「傑作」。
だがしかし、これだけは言いたい!
一度は疑ってみるわけです、本当に傑作なのか、と。そして色々読んでみるわけです。その結果、戻ってきてしまうんです。というわけで、殆ど意味野無いリストを作成してしまいました。ちーん。

日本のモノなら、飛浩隆「グラン・ヴァカンス」シリーズ、牧野修「月世界小説」「傀儡后」「MOUSE」、上田早夕里「華竜の宮」、広瀬正「マイナスゼロ」、筒井康隆「ヨッパ谷への下降」他たくさん、椎名誠「アド・バード」、SFというかファンタジーかもだけど川上稔「終わりのクロニクル」(とても長いです)。
やっぱりそんなに突飛なモノは入ってませんね。ただ、傑作と言われているアレとかアレとか入ってないのは、あまり趣味ではないからです。僕にとっての日本のSFは殆ど筒井康隆です。安部公房はシュールレアリスムにカテゴライズしています。
最近読んだ日本のSFだと「横浜駅SF」という本が面白かったです。横浜駅が工事を繰り返していくうちにオートメーション化され、本州が全部横浜駅になってしまう話です。富士山とか横浜駅構内にありますし、横浜駅の外から幻の「18切符」を持った若者が何やら頑張ります。




僕はね、思ったんです。
みんなの為になるブログを書こう、って。
それなのに、なんでしょうね、これ。
もっとさ、ほら、こんなに簡単に肩こりがすっきり!とか、余りがちなお土産でもらった調味料の使い道とか、「ノッティングヒルの恋人」の主人公のTシャツがシーン毎に変わる詳細な考察とか、あとあれよ、写真とか上げて友達と飲み会なううぇーい、みたいなのとか楽しそうなブログ書きたいですよねそうですね。


そろそろ、音楽のことを書きたいな、と思っています。
来週はきっと音楽のことを書くと思います。思います、思います…。
# by takekiygalmuto | 2017-02-08 14:38 | 日記
先週末の浜松、名古屋でのライブ、ご来場ありがとうございました。
大変楽しくやれました。

だがな、君たち、今週末も名古屋に僕は行くのだぞ!

2017年2月3日(金)
『セクシー大サーカスin名古屋』
19:00 オープン 19:45 スタート
今池 つるのり
1500円+飲食代
出演:セクシーDAVINCI、イーガル


なんてこと!大サーカスとか言ってるわりに、二人きりよ!
頑張るしか無いね!来てね!



ということで今週も無事に告知終了。




皆さん、気づいておられるでしょうか。
ハヤカワ文庫が新刊を出す度に、最近、トールサイズという文庫本よりも
少し縦長なサイズになっていることに。
トールサイズだなんて、もうそのネーミングセンスがどうよ。
気づいてますか、あななたち(ハヤカワの人たち)
去年だったかのハヤカワ・SFコンテストの選評の中で、
登場する物のネーミングについてある作品にものすごく文句をつけておりました。
安直なネーミングで本当に良いのか、と。
えぇ、そんなコンテストを開催しているハヤカワ書房がトールサイズです。安直。
スタバかよ。

散々言っておりますように、僕はSF好きですよね、そうですね、
ハヤカワSF文庫たくさん買うわけですよ。(ハヤカワ文庫トールサイズの文句を言ってすみません。ちゃんと買ってます。)
でね、ブックカバーを使ってるんですが、ハヤカワトールサイズはブックカバーに入らないわけです。
困るよね。何あのサイズ。
文句は色々あるのですが、それよりもハマっていることがあります。

レジに本を持って行った時に
「カバーはかけますか?」
と聞かれたときに、
「ハヤカワだけカバーかけてください」
と、言うのです。

さあここで問われるのが書店員の資質。
「あぁ、なるほどね、この人本をたくさん読んでるんだわ、普段はブックカバーを使ってるけど、
ハヤカワトールサイズは入らないものねー、納得納得。」
と瞬時に察知して「私ちゃんと分かってますよ」雰囲気で対応してくれる書店員とのシンパスィー。
このノンバーバルコミュニケーション。
だがしかし、大抵の書店員は一瞬、「え?」という動作の停止、からのどれがハヤカワかな、という
おぼつかない手つき。
大体、2割くらいの書店員が本を読んでる人っぽい対応をしてくれます。残り8割がおぼつかない。

そこでですね、本屋大賞ですよ。
全国の書店員が選んだベスト本だと!? 読んでないだろ、書店員。
私は信用していません、本屋大賞。


そうです、先週僕の好きなSFのことを書こうかな、と言っておりました僕ですが、
一体どんな経緯でSFを読み始めたのか気になって気になって、昨今とみに考えていたのですが、
やっと昨日、西新宿の高層ビル街の木枯らしに吹かれて歩いているときに
雷鳴のように蘇ってきたのです、あのときのことが!

そうそれは中学生の時でした。
小学生の頃からカフカだとか安部公房だとか幻想文学というかシュールレアリスムというか
何だかそういうグロテスクで不条理に満ち溢れた小説を主に読んでおりました。
もちろん、教科書的な優良図書も漱石だとか太宰だとか芥川だとか読んではいたんですが、
(どうなの、太宰ってさ、何で学生の推薦図書に入ってるの!?あと、ヘッセの「車輪の下」も学校的にどうなの、と思うんだけど)好きなのは澁澤龍彦や生田耕作の翻訳したものでした。
中でもフランスのアンドレ・ピエール・ド・マンディアルグは一番のお気に入りで何度も何度も今でも読み返しております。



中学生の僕は、今日も学校帰りに本屋に寄っておりました。何かいい本無いかな、ドストエフスキーの別のやつ別のやつ…、とウロウロしていたのですが何とドストエフスキーの「白痴」の上巻だけが品切れだと。
困った僕は純文学もシュルレアリスムもちょっと置いといて何か別のものを読んでみよう、と思ったわけです。
但し、僕の好みは「小説内世界が小説内で完結している」ものだとはっきり分かっていたので、読後の余韻やら、現実世界へのコミットメントなどちっとも興味が無かったのです。
「こういうこと現実にもあるよねー」とかいう読者の共感は僕の求めるところではなかったわけです。
そうなると、小説内世界の根底を勝手に定義してその前提の上に物語を書くジャンル、そう、それこそがSF。
サイエンスフィクション!全く嘘八百を並べ立てて、さもそんな世界や理論があるかのごとく世界を創造するサイエンスフィクション!
僕は思ったね、これだ、と。

だけど、困った。まだ、この頃にはインターネットもそんなに普及していないし、スマホなんかも持って無い。
CDだってジャケ買いと店員のオススメポップを頼りにアタリとハズレの繰り返し。そんな時代ですもの。
本屋さんで突然SFを読もうと思っても予備知識の無い中学生の僕は何を選べばいいのか、さっぱり分からない。
そこで見つけたんだね、平積みになっているSFを。
クリストファー・プリーストの「逆転世界」。
何だか夢中で読んで、そして今でも覚えているラストの衝撃。
今から思えば最良のSFとは言い難いかもしれないけれど、初めて読むSFとしてはとても良かったのではないかと思います。
そしてそこから始まる怒涛のSF小説乱読。名作と呼ばれるものはほとんど全部読んで読んで読みまくって、
さて、何が僕の好きなSFでしょう。
もう、長くなったから、次回に書くことにします。

高校生になってからは、「ブレードランナー」「未来世紀ブラジル」「2001年宇宙の旅」「鏡」等SF映画やシュルレアリスムの映画をたくさん見て、リアルタイムでは「フィフスエレメント」「12モンキーズ」「エイリアン4」、フランスのエンキ・ビラルの「ティコ・ムーン」にアニメーションの「ゴッド・ディーバ」…もう数え切れないくらいのSFやファンタジー映画を見ました。
どうしてこう、何ていうんだろう、あまり明るくない未来像に惹かれるのでしょう。
退廃、というのでしょうか、そういうものに滅びの美しさを感じます。
明るい話など好きじゃない、等とは思わないけれど、好むものは暗い話が多いようです。

スペースオペラみたいな壮大なSFも好きなんだけどね。

ということで、今回は
書店員と僕のノンバーバルコミュニケーションについてのどうでもいい考察でした。

# by takekiygalmuto | 2017-02-01 17:45 | 日記

本を買うこと。

順調に週一以上の更新を続けている僕です、こんにちは。

先週末はライブ3日連続ご来場ありがとうございました。
明日と明後日は、

2017年1月27日(金)『蜂鳥スグル、イーガル、おどるなつこ』

開場18:00/開演19:00
予約2500円/当日3000円(共に1ドリンク別)
出演:蜂鳥スグル(シャンソン)、イーガル(ピアノ)、おどるなつこ(タップ)
浜松 エスケリータ



2017.1.28(土)蜂鳥スグル × イーガル × おどるなつこ
開場15:00/開演15:30

ライブチャージ:¥2,500(ドリンク別)

出演:蜂鳥スグル(シャンソン)、イーガル(ピアノ)、おどるなつこ(タップ)

ご予約:こちらのページに参加表明 or
    電話:ボクモ 052-253-6950(平日18:00以降)or
    メール: eventアットマーク(@に変換)bokumo.jp
    表題「蜂鳥スグルライブ」、
    人数とお名前と連絡先電話番号を添えて。


そして、さらに夜は、東京に帰ってきて、アマランスラウンジで緑川ミラノさんの誕生日いぇい!

要するに明日から土曜日、家に着くまで浜松、名古屋、渋谷と弾丸ツアーですね、そうですね。頑張ります。


いつもライブの告知をちゃんと書こうと思っているのに先に無駄なことばかり書いてしまうので
今日は先に告知を書きました。
大変よく出来ました。



ここから先はどうでもいいことを書いていこうと思います。
僕は本は買う派です。あんまり図書館で本を借りません。
別に本を借りることがいけないことだとは思わないのですが、
どこかにいる誰かが書いた物に対価を払うことをしたいと思うのです。
それは僕も作り手であるからかもしれませんが、それ以上に本が好きだからです。
それに、タダだと何かほら、まぁ読んでつまらなかったらそれでいいや的な心構え、
読む、という行為に対するワタクシの心の乱れが、嗚呼…。

ハインライン曰く「(読者は)一杯のビールを飲む金を節約して、私の小説を買ってくださるのだから、喜んでもらえるだけの内容じゃなくてはいけないと思う」

そういう気持ちで本を買っています。面白いか面白くないか、好みか好みじゃないかは賭けですが、
あー、こりゃビール飲めばよかったわー、という残念さも享受してこその読書人。ワタクシはそうありたいと思うわけです。

ってなわけで、家の中には本が溢れています。
相当整理しても、やっぱり買うから増えてきますね。
CDも買うから増えてきますね。
映画は見に行くから増えてきませんね。まぁお得!

僕は思うんです。
本の欠点。
終わりが近づいてくるとページ数が少なくなってくるから、
もうすぐ終わるな、と分かってしまうわけですね。
あらやだ、あと30ページくらいだけど、ここでどんでん返し来るの!?
とか、犯人見つかる!? このページ数でいけんのアンタ!
とあらぬ心配事に気を取られてしまいます。特にミステリの場合。

何で、ミステリ好きの人ってミステリーとは言わずにミステリって言うんでしょうね、疑問です。
僕は大してミステリは好きではないのですが、一応たくさん読んでます。
でもやっぱりSFが好きです。
そうだね、僕の好きなSFのことを今度書こうと決めた。


どうでもいいことを読んでくれてありがとう。
さらにどうでもいいけど、
映画見に行きたいよね、何かいい映画やってないかしら。
「ラ・ラ・ランド」見たいけどまだやってないですね。


ライアン・ゴズリング好きです。「ラースと、その彼女」がすごくいい映画でした。
知恵遅れの青年がダッチワイフを彼女だと思いこんで生活する素敵な村の話です。

「ラ・ラ・ランド」は何だかカラフルな車の上で踊ったり、歌ったり、楽しそうなので、
早く見たいです。
# by takekiygalmuto | 2017-01-26 20:57 | 日記

北京の秋

さて、週一でブログを更新することを目標にしている今年の僕ですが、
タイトル考えるって面倒くさいね。
大体、曲のタイトルだって考えるの面倒くさくて後からテキトーにつけたり、
仮でつけていたものがそのまま採用になったりしてしまうのです。

昔、とある作家の方と対談をした時に、タイトルの付け方、という話をしました。
その人はテキトーにつけている、内容と関係ない、とおっしゃっておりました。
わたくしもそうでございます。内容に関係の無いタイトルをつけることが多いです、
さすがにポップスの場合はそういうことしないけれど。

ということで、今日のブログのタイトルです。
ボリス・ヴィアンの小説「北京の秋」。
このタイトルね、小説に出てこないものを考えた時に、北京も秋も出てこなくね?ってことで
つけたらしいです。
小説の中で、北京はまぁまぁ出ないだろうけれど、秋はうっかりすると出てきちゃうこともあるだろうし、
秋を「出てこないもの」としてタイトルにつけるだなんて秀逸です。


まー、どうでもいいですね。
先週のブログで、今は「読まず嫌い作家の本をちょっとずつ読んでいる」と書きましたが、
そんな中の一人、恩田陸さんが直木賞を取りましたね。おめでとうございます。面識ないけれど。
よく考えたら恩田さんの本はたくさん読んでいました。SF系のものがほとんどですが。
最近は恩田陸さんの「ドミノ」と「月の裏側」を読みました。
「ドミノ」はコメディでした。東京駅に同時刻にいるたくさんの人々の群像劇。バイクがものすごい勢いで走って良かったです。
「月の裏側」はSFというかホラーと言うか、内容言うと他のSF名作のネタバレになりますね。古き良きSFという感じで読みました。

あとね、絶対好きじゃない、ていうかこんな作家の本読むわけねーじゃん、と思っていた乙一さん、全俺を代表してあやまります、ごめんなさい。めちゃ、いい作家じゃないか(推定
まだ「銃とチョコレート」という、児童文学1冊と「GOTH」という短編集を読んだだけなんですが、
何かちゃんとしていた。上から目線だけど、ちゃんとしてるぞ、君。
やっぱり、何ていうか、名前がさ、ほら、武者小路実篤とかだったら、内容がちゃんとしてなかったら恥ずかしい感あるでしょ。でも、乙一だよ。オツイチ。武者小路実篤より好みでした。




さて、みなさんが気になっている僕の日常生活ですが、
一日のうち、何をしているのか、を場合分けしてみましょう。

リハ、本番のある日

睡眠
ゲーム
読書
リハ、本番


リハ、本番のない日

睡眠
ゲーム
読書
ピアノ、作曲


ご覧の通り、場合分けの必要は御座いませんでした。
大体、寝てるかゲームしてるか本読んでるかピアノ弾いてるか、そんな感じなんですね、僕は。




さて、本日より3日連続でライブです。
今日は茶会記です。



2017年1月20日(金)『闇夜の音楽綺譚』

四谷三丁目 綜合藝術茶房喫茶茶会記
19:00開場/19:30開演
3,000円(ドリンク代込み)
※入れ替えなし休憩ありの2ステージ構成です

あやちクローデル / うた
イーガル / ピアノ

2017年1月22日 『和製バルカンユニット”JapaLkan”新春ワンマンショー』

【会場】
吉祥寺 曼荼羅

【時間】
開場 19時00分
開演 19時30分

【チケット】
予約 2500円
当日 2800円
※共に当日ドリンクオーダーが必要です。

【Special Guest】

あやちクローデル×イーガル



お気づきの方も多いかと思いますが、3日連続ライブなのに土曜日の情報がないでしょう?
なぜなら、僕も知らないからです。
ケンケンさんという演歌手の方の伴奏です、場所は新宿だと思います。
時間は分かりません、とても面白いのは確かです。



さあ、来週もブログ書けるかな。
何か、書ける気がしてきたよ、俺は。
# by takekiygalmuto | 2017-01-20 12:55 | 日記

詩とか小説とか。

1月以降のライブスケジュール更新しました。

これ。ぽちってしてね


2016年は色々な詩人の詩に曲をつけたりしましたが、僕は詞を書きますが詩は書けません。
何となくみんな使い分けているような気がする、詩と詞。僕も何となく使い分けておりますが。

ポップスの歌詞の場合には、詞と言います。つまりどういうことなんでしょう。
詞は音楽ありきの言葉の連なりなんでしょうか。


詩は、僕にとって2つのものに分けられます。
音楽をつけられるものとつけられないもの。
どちらがどうすぐれている、というわけではないのですが、
なぜか、つけやすい詩とつけにくい詩があります。
詩人によってもあるのですが、同じ詩人でもつけられない詩があります。
なぜ、つけられないのかは分からない。けれど、全然その詩から音楽が浮かんでこないのです。

詩は、言葉の場合と、音楽の場合があるのではないか、と僕は考えております。
言葉の詩は言葉なので音楽をつける余地がある。
音楽のような詩は音楽なので、そこに音楽をつけるのは難しい。
全く勝手な概念で、僕自身がそう思うからそう思うとしか言いようのないことではありますが、
そんな感じで今年も作曲をしていこうと思います。



どーでもいいんだけどね、音楽を題材にした小説ってどんなのがある?
と友達に聞かれました。

えーー。
何があったかなァ。

と色々考えたのですが浮かんでくるのが、アホみたいに長く難解な本ばかりで全然オススメできませんでした。

トーマス・マン「ファウスト博士」
マルセル・プルースト「失われた時を求めて」
カズオ・イシグロ「充たされざる者」

の3冊(いや、3冊とかじゃないな、失われた時を求めては15巻くらいあるし、ファウスト博士も上中下巻だし)しか浮かばないとか、どんだけ時代にのれてないの、俺。


きっと、聞いた人も何となく軽い気持ちでちょっと気軽に読めるようなものを探してたんだと思うのに、
ことのほか、黙り込んで考えてしまった僕に
「あ、ごめん、思いついたときでいいよー」
とか言ってくれたからイイんだけど、少しだけ思いついたから、書いておきます。

お前、読むかな、このブログ。読まねー、だろーな。
最近のやつで(僕的には)、気軽に読めそうなやつね。


いしいしんじ「麦ふみクーツェ」
奥泉光「鳥類学者のファンタジア」
中井紀夫「山の上の交響曲」


「麦ふみクーツェ」は童話みたいな話です。何だかみんなで頑張って演奏します。

「鳥類学者のファンタジア」はジャズ的な話です、ちなみにファンタジアはクラシック用語では幻想曲。幻想曲とは、自由にどんな風に書いてもいいよ、という形式のこと。
クラシックは形式を重視しますが「何をやってもいいよ形式」というアウトローなものも形式として内在させてしまうところに伝統音楽の懐の深さを感じます。あ、全然関係ない話書いちゃったや。

「山の上の交響曲」は1万年かかって演奏が終わる交響曲を演奏しはじめて300年目くらいの人たちの話。ほのぼのした短編です。

あぁ、どれもこれも何となくSFな話ばかりになってしまいました。
それはどうしても僕がSF好きだからです。
今年もたくさんSFを読もうと思っております。
でも今は食わず嫌いだった作家の作品をひとつずつ読んでみようと思ってます。
あの人とかあの人とか、絶対好きじゃないだろ、と思ってる作家のうち10人に1人くらい、もしかしたら好きになるかも。

さて。
今週はブログちゃんと書いたね。


来週も書けるかな。
# by takekiygalmuto | 2017-01-11 11:23 | 日記

今年の目標。

今年は週一でブログを更新しようと思います。
あと出演スケジュールもちゃんと書けたらいいな、と思ってます。


がんばる。


多分無理だけど。




# by takekiygalmuto | 2017-01-09 21:45 | 日記
明日、僕の書いたモノオペラを東京初演いたします。
2年前長崎で初演して以来の再演です。

さらに新作の連作歌曲などなど盛りだくさんかつコンパクトな演奏会です。
是非とも来てください。

渾身の演奏会です。

2016年6月3日(金)

「シアトリカルソングス」
~武藤健城作曲モノオペラ
「雨の夜、ひとりの女が」東京初演

予約2500円(1d込)
当日3000円(1d込)
2回通し券4000円(1d込)
※両公演共演目は同じです。

出演: 蔵田みどり(ソプラノ)、イーガル(作曲、ピアノ)、岩本拓郎(ピアノ)、大石将紀(サックス)

A公演
18:30開場 19:00 開演
B公演
20:45開場 21:00 開演

演目
3つのアダージョ〜エミリー・ディッキンソンの詩による
歌曲集「教科書通り」
モノオペラ「雨の夜、ひとりの女が」


場所: 四谷三丁目 総合芸術喫茶茶会記
http://gekkasha.modalbeats.com/
〒160-0015 新宿区大京町2-4 1F
お電話 03-3351-7904
(営業時間のみ応対可)
開場時間中では電話応対が難しいので事前のご連絡を)
メール sakaiki@modalbeats.com
# by takekiygalmuto | 2016-06-02 11:22 | 日記